「ま、初心(うぶ)で結構。だって私の! お兄ちゃんなんだからね」
今宵はそう言うと、洗面台からコップと歯ブラシを取り、歯ブラシを水に浸す。
「だから、そういう発言は止めてくれよ……。なんか変態みたいじゃないか」
乙夜も洗面台からコップと歯ブラシを取ると、気を利かせ、今宵の歯ブラシに歯磨き粉をつける。
今宵はありがとう、と言わんばかりの笑みを浮かべると、シャコシャコと歯を磨きだした。
乙夜もそれに続いて、歯磨き粉をつけ、歯を磨き始める。
「ま、いいじゃない。変態なんだから」
「変態じゃねえよ!」
ブホッ! と、思わず歯磨き粉を噴出しそうになるのを、寸での所で堪える。
「冗談よ冗談」
「冗談じゃなかったらマジでキレてるよ、それは」
乙夜が機嫌を損ねた様にしていると、今宵はそんな事はお構い無しに話題を振る。
「ねえねえお兄ちゃん、お兄ちゃんは今日、何の夢見た?」
「お兄ちゃんはって、じゃあお前は今日、何の夢を見たんだ?」
「質問を質問で返す? 普通。ちょっとありえないんだけどぉ」
「ちょ、そんな語尾を下げて言わなくても……」
「ふふ、そんな事で落ち込まないでよ。お兄ちゃんにだけは特別に教えてあげるから……えっとねえ」
今宵は目を上にやり、夢を思い出すと、頬を赤らめる。
何だ、恥ずかしい夢でも見たのか、と、乙夜が思っていると、今宵はとんでもない夢を語りだした。
「思い出した! お兄ちゃんと私とね、あーんな事や、こーんな事を……でゅふ、でゅふふふ」
「止めろ! その変な笑いをまず止めろ! そしてお前はどんな夢を見たんだ今畜生!」
聞く事さえ恐ろしや。乙夜は身の毛を弥立たせる。
「さあ! じゃあ、今度はお兄ちゃんの番ね。さあて、どんな淫夢を……」
「淫夢固定か! 僕は変態キャラ固定か!」
「えぇ、折角だから私のCカップを120パーセント存分、夢に……」
「お前は僕に何を求めているんだ、止めてくれ、僕はそんな人間じゃないんだ!」
「ふうん。あ、そ。じゃあどんな夢?」
いや、そんな途端詰まらなくなったみたいな顔されても困る……。
と、何も悪い事をしていないのに、乙夜は無駄に罪悪感を感じていた。
そして、じゃあどんな夢か、と聞かれて、戸惑う。
そりゃあ素直に答えれば『アダムと会う夢』な訳だが、乙夜は今宵の返答を危惧していた。
そんな事を言えば絶対返ってくる言葉は『へえ、お兄ちゃん、そっち系なんだ』と。
「ねえ、どんな夢だったのよ」
急かす今宵。このまま焦らせば『やっぱり淫夢だったのね』等と言われるのは明白。
誤魔化しの嘘が嫌いな乙夜に残された選択肢は、嘘偽り無く、ありのままに。これだけだった。
「ア、アダムと会う夢」
言った。悔いは無い! と、満身創痍の乙夜。
「アダムって、あの、人類の始祖の?」
「そう、あのアダム」
が、今宵から返ってきた返答は、茶々を入れる様な、そんなものでは無かった。
「そう……アダムの夢、見たんだ……ね」
今宵は洗面台に歯磨き粉を吐き出すと、コップに水を注ぎ、口内をグシュグシュと漱ぎ、吐き出す。
数回それを繰り返すと、歯ブラシを洗面台の水で洗い、トン、と、洗面台に置く。
「そっか――」
「何だよ、そんな神妙な顔して」
乙夜がそう言うと、今宵はハッとした様な顔を浮かべ、直ぐに笑みを浮かべた。
そして、両手で大きく覆う様に、乙夜の胸へ顔を飛び込ませる様に、抱きつく。
「――お兄ちゃん……大好き!」
再度、Cカップの胸がぁ! と乙夜がもがく様に動揺していると、今宵はパッと腕を放し、抱きつくのを止めると、乙夜に背中を向け、ドタドタと走り出した。暫くすると、「いってきます!」という声が聞こえ、今宵は洗面所を横切る。この時、今宵が乙夜の方を振り向く事は、無かった。玄関から扉の開く音が聞こえると、すぐにバタン! と、勢い良く扉が閉まる音が聞こえた。
行ったのだ、と、乙夜は今宵の態度、雰囲気が急変した事に違和感を抱きながら、口内の歯磨き粉を吐き出し、コップに注いだ水で、口内を漱いだ。漱ぎ終えた後で、自分の歯ブラシに加え、洗い方の甘かった今宵の歯ブラシまで丁寧に洗う。二つのコップを仲良しこよし、隣り合わせに置くと、ふぅ……と口で小さく息をつき、歯磨き粉が付いていないかと、口元を手の甲で拭きながら、洗面所を後にした。
あとがき
最近、忙しかったりで、あとがきを書く余裕がありませんでした。すいません。
動き出す不安、募り出す不安。アダムを軸に、何かが……?
今話も字数制限が、私のあとがき雑談の邪魔をする…… orz
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