おばあさんは、気がつくと、倒れていました。
山道の中で。
狐に魅入られたかのような、不思議な気持ちでした。
ここは、どこだろうー
まったく、記憶が思い出せません。
でも、自分の名前だけは覚えていました。
「幸娘」(さちこ)
なぜ、この名前なのか。
自分は、おばあさんなのに。
そんなことを思いながら、行くあてもなく、
おばあさんは、山の細道をトボトボと進んで行きました。
狐の鳴き声が聞こえます。
名前のことをもやもやと考えているうちに、
おばあさんはいつの間にか山の麓についていました。
小さな、村でした。
全く人気がなく、とても静かでー
聞こえるのは狐の鳴き声だけでした。
おばあさんは、全く記憶のないこの村が、どこか懐かしく感じられました。
そして、誘われるように、ふらふらと、小さな家に歩み寄りました。
誰もいないと分かっているのに。
「だれか、いませんか。」
気がつくと、そう言っていました。
おばあさんは、何を言っているんだと自分でもバカバカしくなりました。
誰もいないところにいても仕方がない。他を当たろう。
と、思いました。が、どうしても、何か、気になるのです。
もう一度さっきの家に歩み寄りました。
ますますなつかしくなってきます。
不思議に思いながら、ドアをノックしました。
「だれもいないなら、入りますよ?」
誰もいないのに、そう言ってしまうのでした。
どあを開けるとー
そこには懐かしい、小さな世界が広がっていました。
懐かしい香り。
でも、それは、少しかび臭かったのですがー
おばあさんは、不思議と寂しくなりました。
そして、ほこりだらけの畳を
一歩、
一歩、
歩みました。
そして、麩をガラッっと勢いよく開けました。
そこにはー
愛おしい人の、亡骸がありました。
手を前に組み、ただ何かを祈るように微笑みながら、
涙を流しているおじいさんのミイラがありました。
そのミイラを見た瞬間にー
すべての思い出、記憶が、
なつかしい、記憶が
おばあさんの頭の中にどっと溢れかえりました。
それと同時に、おばあさんの涙も溢れました。
「ただいま、ただいま。」
その言葉も、おばあさんの口から溢れました。
すると、そのおじいさんが少し笑ったような気がしてー
おばあさんも、笑ったような気がしました。
おじいさんの隣で、永遠と。
二人は、微笑み合いました。
いつまでも。
いつまでも。
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