「ヴァンレオンさ――うぁ！？」
　突然片腕を掴まれ、斑に残っている木々の間へと投擲された亜羽季。身体を起こすより早く、激戦の凄まじさを物語る轟音が草木の間から投げ込まれた。

「……妹は行き倒れであった貴方を救ってあげただけなのに、それなのに……貴方は恩を仇で返し、彼女の命を奪った！！」
　昨晩、アカイラムへと放った光線が、幾千もの残像を空に描き、ヴァンレオンを殺しにかかる。彼が間一髪で回避したそれらは、地面へと接触するやいなや、そこを起点に巨大な氷晶を創造し、ヴァンレオンの逃亡を許さず、息の根を止めることに執着する。
「待て！　おい！」

　妹の復讐に拳を震わせている彼女は、全く聞く耳を持たない。シグナスの耳に届く彼の言葉は全て火に注ぐ油と化す。怒りを鎮めようと言葉を発すれば発するほど、相反して彼女の憤りは増し、技の鋭さも激増していく。
「クソっ！」
　落ち着くように促すが、自身の言葉はもはやマイナス効果しかもたらさない。そう理解したヴァンレオンは、武力行使で彼女ごと怒りを鎮めることにした。

「やはり剣を取りますか……。自身の壁となる者がいたら、構わず殺傷する。醜い限りですね」
　剣を手にして牙を剥いてきた光線らを命辛々回避すると、肉眼では捕えられぬほどのソクドで彼女の目前まで迫り寄り、剣を振り上げた。
　ヴァンレオンがシグナスを裂こうとした刹那、白刃を返してみねうちを目論むが、彼女を守るよう地から噴出した氷塔がそれを許さない。一歩、二歩と機敏な動作で後退し、再び語りかけた。悪影響しかもたらさないのを重々承知の上で。

「もう一度言う！　確かに俺はお前の妹の命を落とす原因になった。だがな、お前の妹は反暗黒の魔法使いを掲げた連合軍への加入を拒否しただけで、魔導団を含んだ連合軍を俺の国に送り込み襲撃し、俺の全てを奪ったんだぞ！！」
　ヴァンレオンの必死さが効を奏し、僅かながらに冷静さを取り戻したシグナスは、彼の問いに怪訝そうに返答した。

「……先ほどから何をおっしゃっているんです？　今、私の記憶は彼女が生前だった頃の記憶を全て持っています。確かに一つの国だけ承認されなかったという記憶はありますが、エルナスが貴方の国への襲撃を企てたという記憶は持ち得ていません」
　彼女の言葉に、ヴァンレオンの顔が僅かに引きつる。

「情報が伝達される？　何を馬鹿なことを……」
「時の女神様が何かあったときのために、とそういう風に私たちを創造して下さいましたから」
　揺るぎのない口調。迷いのない眼差し。それに、騎士団の首領、シグナスが嘘偽りを吐くとは思えない。それならば、記憶伝承とやらがなんらかの不具合が発生して、本来行き渡るはずだった情報が行き渡らなかったか、はたまた本当にエルナスが俺の国を襲撃していないかのどちらか。
仮に、エルナスが襲撃していないとしたら一体誰が……。

「……シグナス。俺はエルナスが俺の故郷を襲ったことに僅かながらに……だが、疑問を持ち始めている。俺は真実を知りたいんだ。もしかしたら犯人はエルナスじゃないかもしれない。だから、真実を調べに過去にいける方法を知りたい。調子がいいのは分かっている。頼む……」
　剣を地へと突き刺し、そう訴えかける。その瞬間、無防備になった彼へと鋭利な氷柱を放たれ、頬を掠ったそれはどろりと血を一滴滴らせた。
「あまりにも都合がよすぎでは？　理由はともあれ、貴方は人の命を奪っているのですよ？　妹をはじめ、他の連合軍の方々も」

　国が襲われ、全てを失ったのは事実であったが、自分が他者の命を許可なく終わらせたのも紛れもない事実。これに関しては何一つ反論することができない。
「……じゃあどうすればいい。人を殺しまくった俺は何をすれば報われる！？」
「もはや貴方の命程度では報われない領域にまで達しています。何をしても無駄でしょう」
　世界で一番温和で他人思いで――。誰しもが思い描くシグナスの姿であるが、彼女が放つ冷酷な言葉からその面影は見当たらない。

「私が貴方の命を今ここで奪い去るのは簡単です……が、何より死では甘いですし、殺しても何にもなりません。ひとまずはしばらくの間、私の監視下に置かれ、忠犬となって頂きましょうか」
　結論として殺さないとは至ったものの、シグナスの表情は相変わらず凍り付いたままである。
　もし、真相を知ることができ、エルナスが犯人でないと断定できたのであれば、罪を償うためにどんなことでもするつもりであったが、想定していた彼が想像しない言葉が彼女の口から発せられた。


「手始めにまず、軍団長を今すぐに止め、ジパングへと向かいなさい」