投げ込まれた世界は深潭であった。
ホークアイとオズ、二人の姿は勿論、自分の身体すら目で確認することはできない。それほどまでにこの空間は漆黒色に染めあがっていた。
二人がこちらへと位置を知らせようとする声がするが、自分の場所を起点に反響しているため、曖昧な方角すら把捉できない。何か行動を起こさなければと、暗中模索で手伝えることを探すが、力添えするどころか二人の姿を捕えることすら叶わぬまま、事は次の段階へと進行してしまう。
「行くで!」
成す術のない姫の元に届いた彼の掛け声。その幕開けは天に月白が駆けることから始まった。満天の星を想わせる微細な白が蒔かれ、流星の如く瞬く間に目前を駆け抜けて広がっている暗黒色の――深更を終わらせる。
同時に黎明を告げるかと思わせたが意外や意外、暁天の空に姿を見せたのは望月であった。まだ弱い朝焼けを背に玲瓏たる輝きを放つ円盤は自身の白く照る、白銀の血を四方八方に滴らせる。すると、点々としていた白は瞬く間に拡散。世界の輪郭を模り、音と共に色彩を空虚の白と黒に刷り込んだ。
役儀を終え、見る影も無い程黒々として事切れた月は己の身体を粉砕し、その肉を中身のない形だけの、枠だけのモノへと与えた。
完成したその世界の秩序の元、三人は足場へと誘われるよう、乱雑に降り立つ。
足を降ろした世界、今度の空間は少々気味が悪かった。
通路は白の色合いが強く、今朝、シグナスに手を引かれて食堂に向かっ た際、利用した延々と先に続いていたあの一本道に酷似している。が、似て非なる物。その朝の通路とは二点、異なっているモノがあった。それは等間隔に設置されていた窓の代わりにある、赤錆だらけの塗装が剥げている緑色の扉。
それと、床に累々と横たわる骸達と返り血の飛散する凄愴な現場。
「……ふう。どや、中々綺麗やったろ?」
惨憺たる光景が横にあるのに関わらず、痛みを隠して余裕とは言い難い表情を作り出しているホークアイ。彼の目に恐怖の二文字はない。
「う、うん」
「なんや、味そっけない奴やな。まあエエわ、ルリ、お前が今気になっとるんはこれか? これな、団員達と敵さんらの死体や」
そんなことは分かっている。
それ以外にも何か、足が地についた途端、悍ましい何かが身体を這いずり回りだしたことに対し、姫は眉をひそめていた。
「――ただ、不自然やな」
「……うん」
団長の二人が着眼した点は死体ではなく、その後ろにある拳大程の大きさで陥没して亀裂が走っている床や壁。中距離までの死体をひっくり返したり退かしたりするが、やはりその傷跡が存在するという事実は変わらない。
「敵味方問わず、どの死体にもあるみたいやな。オズ、お前さんはどう思う?」
「高威力の電撃とかが身体を突き抜けたら、こうなると考えられるよ」
「電撃……ふむ。ま、ここでつっ立ったまま、考えててもしゃあないわ。ひとまずは先進んで、残党を片付けつつ、捕まった仲間を救出。それでルリを石碑に触れさせて、さっさと帰ろうや」
そだねと苦笑いを浮かべ、ホークアイの言った言葉にオズは頷くと、姫の手を取って三人で先へと歩んでいった。
生血で喉を潤す化物に存在を知られたとも知らずに。
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