「じゃあ全部終わりにしろよ」
誰が言ったか、誰に言われたか。そういう意味では、皆この世界に飽いていた。
いつになっても戦争に恋焦がれ、気が付けば、この世界は黒々とした傷跡だらけになっていた。
原初の空白時代を知られぬままに、知ろうともせずに、あぁまた世界は戦乱へ突き進んでいく。
さてはて、女神はこの世を憂うのか。
「それがどうした」
まぁ、冒険者にはさして問題はないのだが。
*偽勇の剣:-0.5の煽動 【1】
「……まぁ経緯はわかったよ。うん、わかったよ」
レジスタンスが経営する地下酒場にて、少年騎士シエルは盛大にため息をついた。
なぜかを問われれば、原因はこの目の前にいる赤い髪の少年だろう。外見は普通の街の住民と変わりないのだが、
中身はれっきとしたレジスタンスの一員、復讐心で人に刃を向けた冒険者ともいえない少年なのだ。
かつてその復讐心を身の内に飼っていたシエルからすれば、少年の話を聞くというのは恥辱と憐憫、悔悟を
意識せずとも感じてしまう。いや、かなり失礼なことを思っているのもシエルは承知している。してはいるのだが。
「頼む、あんたの力を貸してくれ……っ! オレは、どうしてもアイツをっ」
「すこし落ち着こうか、此処じゃ人目につくよ」
「ぐぬ……っ」
さてはて、どうしようか。
まず、この赤い髪の少年。名をヴィン=ツェンツといったか。彼の状態を確認しよう。
さきほど、裏路地にて出会ったのがこのヴィンなのだが、実はその直前に彼は目の前で幼馴染を殺されている。
殺人者は、服装的にこの街を支配している組織の者だろう。そして話に聞く限り、ヴィンの幼馴染は冒険者に扮してスパイ活動を行っていたらしい、おそらくそれがばれてしまったのだろう。幼馴染もヴィンも、運がなかったのだろう。そして結果は「ヴィンの目の前で幼馴染は殺された」となった。
「……仇を、とりたいんだ」
当然の反応だとは思ふ。
そりゃあ、目の前で親しかった友人が不条理に殺されてしまえば、シエルだって怒りを感じる。
だがしかし、その「殺意に似た復讐心」と「復讐心に似た一時的な憤懣」のままに行動してしまえば、それはたちまち後悔へ成り代わる。……ヴィンの心に蠢く衝動は、果たして本当に「殺意」なのだろうか。只の「一時的な憤懣」にしか過ぎないのでは。
この激動の時代。何が火種となるかも判別がつかない状態で、このヴィンの「灯」をどうするべきか。
シエルは、できればそういう戦場が生まれることを望んでいる。だが騎士団に属している以上、戦争煽動を行うのは後々の行動に響いてしまう。戦いが終わっても、その後人生は続くのだ。後先を捨てて行動なんて、今のシエルには到底出来ない。
それに復讐者の恐ろしさは、なりふり構わず行動をするようになってから現れる。
それを一番よくわかっているからこそ、言葉を選んで発しなければならない。ヴィンの性格を察するに、彼は「そうできる」タイプだ。だからこそ、判断を違えてはならない。今ヴィンがどういった道を選ぶのか、その後押しをする手はシエルにあるのだ。
引き金を引くその手は、嘆かわしいことにシエルになってしまっているのだ。
「……協力はするよ、けど条件がある」
重く閉ざしかけた口を開く。
「条件?」
判断材料が足りない今、必要なのは見極める為の時間だ。
戦術的撤退ともいえるかもしれない処置だが、今は、これが精一杯の対応だ。仕方ないと自身に言い聞かせよう。
「ヴィン、僕はキミの復讐に協力する。だけど実行は三ヶ月後だ。三ヶ月待つ、これが条件だよ」
「何……!? どうしてっ」
「今のキミの強さで、アレに勝てると思うの?」
実際にはヴィンの持つ衝動が、本当に「殺意」かどうかを見極める為なのだが。馬鹿正直に話しても理解は頂けない。表向きの理由は「物理的な弱さ」として進めるしかない。いや現に、ヴィンの冒険者としての強さは並々だ。普通に生きていくにはそれで十分だが、人を、人間を相手にするとなれば話は別。並々では到底足りない。少なくとも上級者レベルではないと、ヴィンの幼馴染を殺害した「アレ」には、一太刀浴びせることすら苦労するだろう。
たとえシエルの協力があったとしても、トドメを刺すのは、ヴィンなのだ。
「…………分かった。三ヶ月待つ」
重い沈黙はヴィンが破った。
さて此処からが地獄か。
(しばらく大陸に帰れそうにないな)
*あとがき
リハビリ程度に書いたあれなんでぶっちゃけ続きません。
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