覚醒した愛積はまるで別人の様相だった。硬質化して尖った黒髪、獰猛な獣の様な瞳、好戦的な顔つき。攻撃的な風貌は、求愛意識こそ異常なものの温和だった愛積の面影をすっかり塗り潰している。
だが僕は、
「愛積……」
「おい、端道!?」
狩野が制するのを無視し、愛積のもとにむかう。
愛積の突飛な告白から、僕達の関係は始まった。当然告白を受理する事はできず、僕等は友達関係の鞘に落ち着いた。でも瀬田戦や数原戦の激闘潜り抜けるなかで自然と、愛積の精神性が見えてくる。最初は恋愛の感性が異常に思えた愛積も、蓋を開けてみれば純情で愛情深く、愛嬌に溢れていた。愛積を認識する心境が変化するなか、妙な感情が芽吹くのを感じた。
僕は愛積が好きだった。恋愛感情的な意味で、愛積に好意を持っていた。
僕等の恋愛感情は結ばれたんだ。だが恋愛の関係は、結ばれなかった。
僕が裏切ったからだ。僕は繚乱学園からの訪問生だが、愛積は謳歌学園の生徒。生徒壊潰しが終わればそれでさよならの関係だ。その事実が僕の首を絞めた。愛積の改まった告白に、僕は苦渋の選択を返した。
だが僕は覚えている。その時愛積が絶望に染まり、薄暗い闇に呑まれていた事を。
もしその瞬間が、樹愛積の絶望による覚醒の瞬間であったならば、僕は――
好戦的な風貌の愛積の前に、僕は誠意から無防備で立つ。
「愛積、僕は……」
愛積はにんまり微笑んだ。
「壱撃(ファースト)」
!? 僕の顔面を、愛積の振るった拳が捉える。
瞬間――脳裏に高速で飛んでくる鉄球の像(イメージ)が過ぎる――咄嗟の機転から額で防御するも、僕は頭からぶっ飛び、激痛に悶絶するなか、後頭部を地面に強打する形で着地する。
「端道!?」
朦朧とする意識を狩野の声で醒まし、僕は満身創痍ながらに起きあがる。額の尋常じゃない激痛から前頭骨が粉砕した事を悟る。脳に損傷の感覚が無いのは幸運だった。
額が粉砕している為、頭部から溢れる鮮血を拭えないまま、僕は体勢を整える。
「愛積……」
瞳から頬にかけて、鮮血が薄まる。
涙が滴る。
愛積の青春能力『他愛ない愛(ラブブラフ)』は、対象に愛想が湧かないほど拳の攻撃力が増加する異能。僕は愛積の拳を食らう瞬間、高速で飛んでくる鉄球を想像した。実際、額を粉砕した拳は想像通りの破壊力だったと言える。それはつまり……――
「狩野は端道に潰され戦闘不能。その端道も満身創痍。最高の状態だぜ」
愛積の声だった。男勝りで好戦的な雰囲気に違和感を覚えるなか、愛積は続ける。
「覇権が移る。俺様の時代が、始まるッ!!」
愛積は愉快に高笑いすると、視線をぎょろりと僕に移す。
「壱撃(ファースト)いれたぜ、蓮美端道。後、三撃。三撃でてめぇは絶命する!!」
壱撃? 後三撃で絶命? 謎の要素に加え、愛積の強烈な変貌ぶりに困惑を拭えない。
最初は多重人格の節を想像したが、この極端な変貌は深層に隠された精神性が表面化した結果の様に思えた。異常な求愛意識がゆえに寛容的(マゾ)だった温和な精神性が逆転し、暴君的(サド)な精神性が表面化したと考えれば無理がない。
ならば好戦的な今の愛積も、樹愛積に違いない。
僕が愛積の熱烈な殺意を闘志溢れる視線で捉えるなか、摘葉はほくそ笑んでいた。
懐から愛積を刺した例の刃物を取り出すと、その先端を指で軽く押す。すると先端が窪んで刃物は殺傷の性能を失ってしまった。
「摘葉らしい玩具(ギミック)だ」狩野が言う。
「鮮血は僕の特製『血のり弾』。愛積が考案した演出だ」
摘葉は鼻を高くすると、優越感に浸った様子で語り出す。
「愛積は最高の素質の持ち主だ。それでいて素質を隠蔽するのがうまい。素質を見抜ける僕でも、その素質を認識したのは愛積が接触してきた時だった」
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