「愛積が君と接触しただと!?」僕が驚嘆から声を張りあげる。
「いつだ!?」
「僕が君と愛積に多重鬼ごっこ(タブルタグタブー)の異能を説明して、狩野と屋上を離れた後さ。愛積は僕に接触すると隠蔽していた素質を開放し、僕に狩野を裏切れと言ってきた。愛積の驚異的な素質に僕は裏切りを決意したが、多重鬼に敗北すれば命の保証が無い旨を伝えた。だが愛積は懸命に伝える僕を鼻で笑うと、それでもいいと言った。僕はその意味がわからないまま裏切りを承諾したが、まあ、愛積は君が僕を殺さない事を見抜いていたんだろう。その後で僕は屋上に戻り、君と再び接触して狩野の過去を話したわけさ。愛積の策略に基づいてね」
僕は沈黙する。焦燥の感情が全身を駆け巡り、発汗を促す。
愛積が摘葉と接触したタイミングは、僕が愛積の告白を断った後だ。
複雑な事柄のパズルが、最悪の事実という形で合致する。
溢れる鮮血と滲む焦燥の汗とで顔を濡らしながら、僕は愛積を見る。
愛積は愉快に笑っていた。
「想像通りさ端道。俺様はお前に恋愛関係を拒絶された瞬間、覇権の強奪を決意した」
違う。違うよ愛積。確かに恋愛関係は拒んだが、恋愛感情は違うんだ。
愛積、僕は君の事が……――僕の感情が湧きあがるのを阻む形で愛積は語り始める。
「俺様は百戦恋魔の樹愛積だ。懸命に求愛活動を続けるなかで、渇望した所で愛情は得られないと確信したさ。だから俺様は思考を切り替えた。求愛しても愛情が得られないのならば、学園の覇権を握り、愛を強制的に徴収すればいいんだと」
「違うよ愛積! 君の渇望する愛情は、そんな強制的な徴収じゃ得られない!!」
僕が懸命に訴えるのを鼻で笑い、愛積は続ける。
「狩野の覇権強奪はかねてより構想済みだった。鎖辺摘葉を誘惑して抜擢し、謀叛を起こす策略だったが、いい時期に端道、お前が訪問してきた。策略を切り替えた俺様はお前の生徒壊潰しに乗っかった。戦闘能力的に無理を感じたら鎖辺を抜擢して元の策略に移行する魂胆だったが、お前は想像を超える活躍で役員を次々に撃破していった。横でお前が役員達と戦う勇姿を眺めるうち、いつしか純粋な恋愛感情を抱いていたんだ。策略を放棄して、純粋な恋愛に溺れてもいいんだと、俺様は胸をときめかせた。だからあの夜、最初の適当な告白とは違い、誠心誠意、湧きあがる感情の限りを詰め込んで告白したんだ。だが!」
愛積は表情を感情的に崩すと、鬱憤をぶち撒ける様に怒号を張りあげる。
「てめぇは俺様の恋情感情を拒絶し、純粋な気持ちを裏切ったんだ!! その瞬間、俺の策略は確固たる決意に変わったんだぜ!? 純粋な愛情なんてもう要らねぇ。俺様は狩野から覇権を奪い君臨し、学園から愛を徴収する。それが俺様の求愛活動だ!!」
愛積の背中を照らす夕陽が沈む。じきに空は、暗闇に染まるだろう。
暗い暗い、闇の時間が始まる。
「傲慢な言い分だ……が、諸悪の根源は僕だな」
僕は悲しみの滲む瞳で、じっと愛積を見つめる。
愛積が何の感慨も抱かず、素っ頓狂な瞳で見つめ返してくる。
「だが愛積、君は摘葉の言う通り、『親殺し』の禁忌を破ったのか?」
「……ッ!?」愛積は悶絶すると、悲痛な感情を裏返す様に憤慨する。
「しっかたねぇだろッ!? 俺様が性奴隷に従順した地獄の日々!! 誰も! 誰も助けてくれなかったんだぜ!? 俺様を陵辱する物好き達は、悲痛の声をおかずに貪るんだ!! 絶対ゆるせねぇ!! 最後は警察が押し寄せたなんてのは嘘さ! 警察組織にも物好き連中はいて、俺様の陵辱は黙認されていた!! 希望が絶望で塗り潰される地獄のなかで俺様が最後、親殺しの禁忌を破って何が悪いッ!? あはっはははぁ!?」
愛積が自嘲気味な奇声をあげるなか、僕は奥歯を噛み締めていた。
溢れる感情を咀嚼し、噛み潰し、簡潔に纏めてから言葉に乗せる。
「僕も親殺しの禁忌、破ってるよ」
「……ッ!? はぁ!?」
「僕は母親を見『殺し』にしたから」
「言葉の綾でふざけんじゃねぇ!!」
「事実だ!! 僕は母親を殺した! 殺したんだ!!」
額から滲む血がとまらない。
瞳から溢れる涙もとまらない。
「なぁ愛積……」
感情の嘆きが、とまらない。
「どうして僕に、嘘をついた」
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