「……はぁ?」愛積が首を傾げる。
「勝負する前から降参か? 端道。潔すぎだぜてめぇ」
「降参じゃない。僕は君と勝負する。当然、勝つつもりだ」
「ッ!? っはぁ!? 意味わかんねーぜてめぇ!!」
「攻撃する意味がない。が、勝利する意志はある。だから僕は勝つ」
「勝手に頑張れよ」
愛積は僕との距離を詰めると、拳を構える。
「弐撃(セカンド)」
ぼぐぅッ!! 胸部を痛烈な鉄拳が捉える。
釣(つり)鐘(がね)を撃つ様な衝撃音が響き渡る。僕の肋骨が破壊される音だ。
粉砕した骨が臓器を切り裂いたのか、激痛が疾駆するなか喀血する。摘葉戦、狩野戦に続く連戦で満身創痍も甚だしい僕は、滲む視界でしかし、確かに愛積を見据える。
「僕は君を攻撃しない……。する権利がない」
「権利? 意味わかんねぇ」
僕の徹底した無抵抗を滑稽に感じたのか、愛積は表情を険しくする。
「二撃だ。後二撃で、てめぇは絶命するんだぞ!? 危機感ねぇのかよ!!」
「僕は命懸けで、君の攻撃を堪える。そういう勝負だ」
「どういう勝負だよおい!? 勝負になってねぇぜ!!」
胸倉を掴んで威嚇する愛積に屈さず、僕は視線を返す。
「僕に責任がある。だから僕は、無抵抗に徹するんだ」
「だっからぁ!! 意味わかねぇぜてめぇ!? 最っ高に!!」
掴んだ胸倉を開放すると、拳を握り締めて震わせている。徹底的な無抵抗の姿勢が癪(しゃく)に障るのだろう。だが僕は瞳に真意を潜め、愛積から視線を逸らさない。
「愛積。勝負のなかでは不謹慎かもしれないが、君に謝罪がしたいんだ」
「謝罪ぃ!? っはぁ!? 無抵抗のうえ謝罪する勝負がどこにあるんだよ!!」
愛積が癇癪を起こすなか、僕はそれでも深々と頭をさげる。
「僕が悪かった。君の純粋な気持ちを身勝手に裏切り、踏み躙(にじ)った」
異様かつ異常な僕の戦術(?)に愛積は表情を強張らせながらも、感情の槌を振りおろして反撃にでる。言葉が言葉で弾かれ、衝突していた。
「俺様に恋愛感情を抱けなかったんだろ!? ならそれでいいさ! もう!!」
「違う!! それは違うよ愛積!! 僕は嘘をついたんだ。最悪な嘘で、真実を裏切ったんだ!!」
湧きあがる感情を唇に乗せて、言葉で猛追する。
「僕は確かに『恋愛感情が抱けなかった』と言った。だがあれは違うんだ。僕は繚乱学園からの訪問生で、君は謳歌学園の生徒だ。だから生徒壊潰しが終わった今、僕等に残る最後の言葉は『さよなら』だ。僕はそれが、嫌だったんだ……! 怖かったんだよ!!」
「…………」
言葉を失う愛積の肩を掴んで、僕は表情を感情的に崩す。
「僕は最悪な男だ。最低な真似をして君を裏切った。その結果がこの展開なのだから、僕には君を攻撃する権利が無い。実際、僕の真意なんてもう、君には興味関心の湧かない事柄なのかもしれない。だけどこれは真実なんだ。これが真実なんだ。僕はもう君に、絶対に嘘をつかない。だからこれだけは言わせてくれ……!!」
愛積の肩を強く掴む。
その瞳を瞳で射貫き、見据える。
愛積の瞳孔に僕の姿が映っている。
僕の瞳孔には愛積の姿が映っているのだろう。
僕等は今、そういう関係だ。敵対に位置する、対照的な関係。
でもそれは違う。僕は君と、同じ景色を眺めていたいから。
寄り添っていたいから……――
「愛積。僕は君を、愛してる」
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