「蓮美さん……。蓮美さん……」
混濁した意識を、穏やかな声が撫でる。
「んん……」僕が適当に返事をして蹲っていると、肩が軽く揺すられた。
「蓮美さん、朝から退院して学園に登校復帰するんでしょう?」
「あ!! 朝!?」
僕は動揺して意識を醒ます。
慌てて頭をあげるとごぢぃん!! と鈍い音が響いて額に痺れが残る。
「あだっ!? たたた……」
「あ、ああ!! すいません」
額を抑える看護婦さんが醒めた視界に映り、僕はあたふたと頭をさげる。看護婦さんは首を横に振ると微笑んでくれた。でも涙目だった。
僕は病院に居る。時間は朝。僕は今、病室で起きたのだ。
涙目で微笑む専属の看護師さんは、新米の米(よね)澤(ざわ)さんだ。薄い茶髪に黒い眼鏡をかけている。米澤さんは看護師の割に臆病かつ内気で、最初は看病をしてもらう時は微妙な沈黙が続くばかりだったが、積極的に話題を振ってみると会話が続く様になった。距離感が縮まるうちに、自然と愛想の良さも滲んでくる。蓋を開けてみれば、米澤さんは素敵な看護師だった。
…………。
生徒壊潰しが終わり、愛積と結ばれ……。
あれから三週間が経った。
愛積を抱き締め続けたあの後、記憶にはないが、僕は意識を失ったらしい。
斜峰・摘葉戦、狩野戦、愛積戦の連戦で僕は満身創痍も甚だしい、瀕死の重傷だったんだから無理もない話だ。昏倒後は狩野が救急車を呼び、僕は最寄りの病院で治療を受けたらしい。
話がやや逸れるが、青春能力の獲得者は負傷の回復速度が異様に早い。青春能力は超能力とも精神疾患とも言われる謎の多い現象だが、これも解明されていない要素だ。だが事実、青春能力の獲得者である僕の回復速度は著しく、瀕死の重傷がたったの三週間で完治した。
最寄りの病院で安全ラインが確保された後、菊池先生が迎えにきて、意識が回復しないまま菊池先生の車で繚乱学園に帰還する流れになったらしい。
僕が意識を取り戻したのは、菊池先生の車のなかだった。
混濁する意識を醒ましながら動揺する僕を見て、菊池先生は『落ち着け』と言った。
それから僕は、菊池先生に愛積や摘葉、狩野の事を訊いた。
愛積の事は知らないと言っていたが、狩野なら繚乱学園に勧誘したと言った。僕は焦燥したが、菊池先生は『遠慮された』と鼻で笑っていた。僕の時は強制的に連行した癖に、狩野の時は遠慮されたぐらいで諦めるのかと詰問すると、菊池先生は興味が湧かないやつは無理に勧誘しないと肩を竦めた。
狩野の瞳が、贖罪の意志に染まっていたからだそうだ。
狩野がどういう手段で贖罪を続けるのかは知れない所だが、贖罪の為に勧誘を断った事は間違いない。『芝崎狩野の青春はそう長くない』。菊池先生はそう言うと、運転に意識を集中し始めた。それで最後、捕捉する様に言った。
『芝崎狩野の横には、鎖辺摘葉が寄り添っていた』。
菊池先生が黙々と運転するなか、僕は納得して頷いていた。摘葉は殺人の素質を重要視して狩野を裏切り、愛積を最愛だと語っていたが、やはり摘葉の最愛は狩野だ。素質とかじゃなくて、純粋に摘葉と狩野は相性がいい様に思える。おそらく摘葉は狩野に謝罪したんだろう。狩野の贖罪に付き添うために。
それで僕は繚乱学園に帰還した。帰還後はすぐ、入院治療の手筈が進んだ。
繚乱学園は能力者の集う場であるだけに負傷者が絶えない。僕の様に他校訪問で負傷して帰還する者もいれば、学園内での抗争で負傷する者もいる。
だから繚乱学園には、最先端医療の集結した病院が隣接してある。青春能力者専用で、最速での完治が見込める特化型施設だ。
そこで僕は三週間の看病を受け、今日、朝から退院して登校復帰するわけだ。
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