証明出来ない力――意思。一時的なものであったが、その力は「魔王」エル=ベルトランを凌駕する域に達する程だった。だが、暗黒の鎧に包まれた悪魔を倒すのに、意思の力だけでは不可能だということは周知の事実。ただエルが理解しようとしていなかっただけではなく、現実に考えれば物理的な力を持った者の方が強いのだ。故に、このコルトバ=ユースという男には、秘めていた潜在能力がある、と推測する。
　任務において、誰かを護衛しながら遂行するのと、周りを考えずに対象人物を倒すのでは難易度のレベルが違う。前者は、常に後方にいる非戦闘人物という荷物を抱えながら遂行するのに加えて、周りを気にしながら戦う必要がある。それに対して後者は、荷物を持つ必要もない、真っ直ぐだけ見つめればいい。単純化すれば、たった一言の命令で理解出来る内容なのだ。どちらが難しいかは一目瞭然。明らかに前者だ。
　だが、コルトバ=ユースの場合は逆だ。彼は、誰かを護衛するという気持ちがそのまま力となって己を強くする傾向があるのだ。誰かを守りたいという気持ちが人一倍強い、そんな性格が彼の戦闘スタイルの所以を確立させていた。分かりやすく言えば、エル=ベルトランは攻撃型に対して、コルトバ=ユースは防御型――しかも、彼に守る対象がいれば攻撃型にもなりうる狂人的な性能を持った特別な防御型だ。
　今、エルの前に立ちはだかるコルトバは防御型と攻撃型を兼ね備える怪物そのもの――性質だけ窺えば、怪物同士の戦いなのだ。
　おもしろい――久々の強敵相手に思わず笑みをもらすエル。
「その覚悟、このエル=ベルトランの胸中にしかと刻み込んだ。俺も先程の騎士道に背いた振る舞いの非礼を詫びさせて欲しい」
　エルは『見習いごとき』という軽蔑的な発言と、素手でも十分だ、という不遜な態度に対して一礼した。彼はそのまま続けて言う。
「相手と全力で対峙しないのは騎士の恥だ。俺も本気で貴様との闘争――交えよう」
　エルもまた、魔剣デュラハンを構えなおす。
　一見、両者精神を研ぎ澄ましたような静かさを保っているが、どこか揺らぎを感じさせるブレがあった。心当たり、とでも言うべきか。
（･･････何故奴はこの強さにして見習いで留まっている）
　力だけで語ってきたエルにとって、コルトバの摩訶不思議な力は到底理解できないものだったが、特殊、という言葉で片付けていた。だが、それでも彼自身、己の強さには自信があったのだ。当初は名も知らなかった国なんて簡単に征服できると思っていた。にも関わらず、今こうして苦戦を強いられそうになっている。決して慢心しているわけではないが、客観的にみても、補正あってもエルを追い込む力を持つ人間が、何も見習い程度に収まるはずがない。やろうと思えば、騎士団長クラスにまで昇格し、それこそエルのように征服する決意を持つくらいのカリスマ力と支配力を持てていたはずだ。防御型なんていう理由で納得できるはずがないのだ。
「俺さ･･････」そこで、コルトバの唇が僅かに揺らいだ。
「この国よりももっと寒い村に住んでた田舎者でさ、口ぶりもこの通り悪いし、礼儀なんてのも知らない。本当は姫さんに“忠誠心”もない最低野郎だ。けどさ、俺は誰かを守る力が欲しいから騎士の世界に入ると決めた。昔、俺の村は他国に襲われて村人は全滅、俺だけ生き残って勿論は家族は死んだ。そんな暗闇の路頭に迷ってたときに、この姫さんが手を差し伸べてくれたんだ」
　コルトバの視線に映るのは、ヘレメリカ国を統括する姫レティナだった。その幼さからは、とてもこの国の頂点に立つ者とは思えない外見をしている。彼女はきょとんとした表情でコルトバを見つめた。そんな様子に、彼は硬直していた全身が和らいでいくような気持ちがして、自然と笑みを浮かべた。
「だから俺は、姫さんを全力で守ろうと思った。いつか村のみんなを守れるくらいの力を手に入れようと思った。訓練の時は誰よりも弱い俺だけど、ちっとばかし皆の『守る』とは違うんだよ」
　納得できない回答だった。本当に納得できない。ただ、この回答は真実だということは把握した。
　コルトバ=ユースは本能的に、無意識的に、“守りたいという力”を具現化することが出来る人物なのだ。エルの推測するような複雑な人間ではない。それが他の騎士とは違う『守る』――納得こそはしなかったが、納得しえる材料は手に入れた。
　その時、長らく口を閉ざしていたレティナが、頬を紅潮とさせながら語る。
「コルトバさんは強いお方です。騎士としては失格だし、泣かされることもありました。けれど、コルトバさんと一緒にいると、誰よりも安心に思えました！」