「フィア、君はどうするつもりだい?」
老兵ロバートは枯れつつある声でフィアの心配を問う。
「・・・・・・」
フィアは黙ったままだ。紡いでしまった口を開けてくれる様子はない。
彼女は生まれつき病弱で、病気に対しての免疫力が常人よりも遥かに無いため常に衰弱状態、脳の全機能も低下しており、言語を認識するのにも時間が掛かる上、記憶もすぐに消えかかってしまう。病因は不明、治す術もどこにもなかった。もしかしたら病気ではないのかもしれない。体質の可能性もある。
ただ、コーアリカ家の兄姉たちは7歳で独り立ちをし、多くの兵と民を従えていった。それはコーアリカ家として当然のことである。勿論、当然のことが出来ないフィアは、常に父に迷惑を掛けてしまう――正直に言えば“出来損ない”なのだ。
「君はこの先も人を統率させることは不可能だ。御父上の権力にすがって生きていくのが一番安全。君は普通に生活していける」
ロバートが諭している間も、フィアは彼が何を言っているのか理解出来ていないだろう。理解したとしても、数秒を要することだ。
しばらくしてフィアが唇を僅かに揺らして言った。
「・・・・・・私、ゆめがあるの」
「ん、なんだい?」
「お家から出て、いっぱいお友達つくりたいの。みんなとお友達になっておしゃべりしたいな」
フィアの瞳はハキハキとしていた。ほとんど見たことの無いような、無邪気で真っ直ぐな瞳。夢を叶えたいという思いが心に染みてくるように伝わった。ロバートはそんな彼女を見て、叶えてあげたい、と思った。彼女にとってコーアリカ家は正に“箱庭”。この閉ざされた空間から抜け出し、自由奔放に旅をして、仲間を見つけ、談話でも嗜みながら生きていきたいと、素直な気持ちで語った。
だが、彼女は「けど・・・・・・」と先ほどの言葉を否定する。
「私には無理。パパが困っちゃうといけないから・・・・・・」
「・・・・・・」
逆らえない運命だった。
僅か7年の月日までしか許されない子供としての振る舞い、自由。彼女の将来は選択され続けているのだ。親から出された命題にイエスかノーで答える人生――それがコーアリカ家の繁栄に繋がっていく。
「私、頑張る。パパとお姉ちゃんとお兄ちゃんとロバートくらいしか名前、覚えれないけど・・・・・・頑張る」
頑張る。そんなのは虚言だということは既に気づいていた。それはフィアの曇った顔を見れば一目瞭然。彼女は何を頑張るか、それが分かっていない。ただ言われたとおりに動いていくだけ、そんな人生で過ごすことを決意したのだ。
だからロバートは気に食わなかった。
「フィア、今から君に簡単な質問をするよ」
ロバートは優しい口調かつ、微笑んで彼女に言った。
「フィアは今“生きてるかい?”」
とっても簡単な質問だ。
だけど何故だろう、フィアは口を固く閉ざしてしまった。決して彼女が質問を理解出来ていないという訳ではない。
「どうなんだい」
「・・・・・・」
ここで何も言わないということは、自分が生きていると実感していない――つまりは生きる糧がないに値する。質問の答えなど「生きてる」に決まっている。当然の事だ。だが彼の質問の意図は違う。
――生きてて楽しいかい? ロバートはそう言っているのだ。
「じゃあ質問を変えよう。・・・・・・生きたいかい?」
この箱庭から飛び出したい。運命から逃れたい。病弱かつ脳の機能がうまく働かないフィアでも、自由と束縛の違いは分かっていた。今彼女に迫られている選択は正に自由か束縛。言い換えれば、統治者となってコーアリカ家に束縛されるか、他の道・・・・・・自由を探すかの二択。
フィアは虚ろな目でロバートを見つめながら、コクリと頷いた。無垢な表情だったが、その思いは伝わった。
その反応を見たロバートは、しわくちゃの顔を綻ばせて言った。
「分かった。じゃあ私に任せておけ」
大船に乗ったつもりで――なんていっても、首を傾げてきょとんとするだけだろう。だからロバートは大きな手のひらをフィアに差し出した。
フィアの小さな手が触れ合うと、彼は優しく包み込んで再び王室へと歩き出す。
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