「ディゼル様、申し上げたいことがあります」
ロバート=ハットは再び進言する。今度はフィアがどうしたいかを手助けするのではなく、フィアの決意を尊重するために。
先の出来事を知らないディゼル=コーアリカは厳格な態度を取って「何だ?」と真意を問いただす。
「姫の御身は衰弱しております。姫を生まれつきお世話をしてきた私も体が弱いということは承知です。どうか、姫を自由の身にさせてあげれないでしょうか」
直進的に言えば、国の統治の拒否。
僅か7歳にして国を支配する、というコーアリカ家の掟に反する決断。
「それは本当か、フィア」
しかし、ディゼルは驚く表情を浮かべることなく、至って冷静な様子でフィアに視線を配る。
「・・・・・・ん」
コクリと頷くフィア。
統治しない、ということ自体はコーアリカ家の異常というわけではない。次男ハーネル=コーアリカも迫られた選択から逸脱した選択――騎士になると自ら志願したのだ。彼の場合、それが国を守る行為となっているのだから、決してコーアリカ家の生き方として悪い選択ではない。
「そうか・・・・・・」
ディゼルは溜め息を吐くように言い、顔を俯かせる。フィアの様態事情は分かっている。だが、家柄の頂点に立つ者にとって、責任感は一番強い。ここでコーアリカ家の家訓を曲げてしまっていいのだろうか、そんな思いが脳にせめぎよる。
「分かった」
苦渋の決意だったが、ようやく理解してもらえた。ディゼルの一言を承諾と解釈したロバートはそう思い、安堵の気持ちに浸る。フィアの方はあまり頭で理解できていないようだったが、ロバートの綻ぶ表情を見たのか、クスリと硬い顔が少々柔らかくなったような気がした。
だが、ディゼルの返答は彼らが予想していたものとは違った。
「その“出来損ない”を外に連れ出せ。お前はコーアリカの人間ではない」
そう言うと、ディゼルは豪華な玉座から立ち上がり手を差し出す。すると、それが合図となったのか王室の周りからは大勢の騎士たちがロバートとフィアを取り囲んだ。
ロバートは暫く今の光景を理解することが出来なかった。だが、脳裏に浮かんだのはフィアが連れ去られてしまうという悪寒。彼はすぐさま我に返り、
「どういうことでしょうか!? 何もそこまでしなくても!」
「自由を求めるなど言語道断。逃れることの出来ない運命――いや、逃れてはならない運命から逃げたお前にはもう用はない」
「あなたは、子息を道具だと思われているのですか!?」
「それは違う。コーアリカの人生を辿ってきた兄や姉を見て育った末の子フィアが、その行く末を侮辱したのだ。それは家の侮辱でもある」
「それこそ違います! 姫はオーカス様、ハーネル様、レティナ様を慕っておりました。特にレティナ様を非常に尊敬しておいでで、レティナ様のようになられることを強く望んでおられました。しかし、姫は自らの御身を気になさって、この決断をなされたのです!」
フィアの声は常に震え、掠れたような声だった。だが、そこにはしっかりと芯があった。どう話したらいいのか分からなくても、そういう風にありたいという意思がロバートに強く伝わってきたのだ。
――国を守るためにやることはたくさんある。ただ、コーアリカ家の場合は「統治」というワードに固執しているだけだ。病弱なフィアにも国を守ることは出来る。そう訴えた。
だが、家柄を背負うディゼルにとって娘の一つは小さなもの、だと言う。ロバートは、例え王であるディゼルの意見だとしても、一言で国を纏める方の意見だとしても、それだけはどうも許せなかった。
「あなたは家がよければいいというのか!」
「・・・・・・」
王はそれ以上語ることはなかった。
いくら騎士を束ねる長――名誉騎士団長になったとしても、所詮は一人の老兵。統治者の言葉を翻すことなど出来ないのだ。ロバート=ハットは取り囲んでいる騎士に命令する。
「道を開けろ。私も出て行く」
ディゼルの命令ではないため、騎士共は戸惑った様子だったが、モーセが海を割ったように、人並みが道を作って割れていく。
そのままフィアの手を引き、王室を出て行く。
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