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トミーは走った。広大で複雑な路地裏を、己の方向感覚を頼りに走る。
何か分からぬまま、市民たちは家の窓から外の様子を見つめていた。
そこには最悪のスラム街と化したこのサウスブロンクスで、たった一人の警察官が、強大でダニのように湧いてくるストリートギャング達を前に、勇敢に戦っていた姿があった。
「チッ……ギャング共が害虫のように湧いてきやがる! アメリカ最悪のスラム街ってのは伊達じゃないって訳だ」
呟きながら壁を背に、逃げ込んでいく。
トミーは何とか街から脱出しようとしていた。
だがすでに、それも挫折しかけていた。
弾丸をほぼ使い終わっていたのだ。
ギャングの亡骸から武器を調達する暇もなく、彼らは襲い続けてくる。
他に武器らしいものは持っていない。
あるとすれば、残弾が残り二発の475ウィルディ・マグナムと、ギャングから奪ったショットガン・M870。
M870の残弾数は残り僅かだ。無駄な戦闘などしてられない。
トミーは大きく息を吸い、曲がり角を曲がった。
同時にM870の引き金を引き、目の前にいた複数のギャング達を吹き飛ばす。
「畜生……街のダニ共が!」
呟きながらハンドグリップを引き、空薬莢を排出させた。
空薬莢が地面に跳ねる音を最後に、路地裏に静寂が戻る。
トミーはギャングの亡骸から弾丸を探り、ショットガンM870に弾を装填し始める。
しかしその時、路地の曲がり角に隠れていたギャングにトミーは気がつかなかった。
隠れていたギャングはゆっくりと銃口をトミーに向け、引き金を引こうとしていた。
その瞬間だった。
「危ないよアンタ!」
叫び声がした。
同時に、ギャングの眉間に銃弾が射抜かれ、吊り下げていた糸が切れたかのように倒れた。
トミーは叫び声がした方向に振り返った。
アパートのベランダには黒人の老女が立っていた。
右手には拳銃が握られており、銃口からは煙が出ている。
「頑張りなおまわりさん! この街でミラー・ファミリーに抵抗する男なんてアンタが初めてだ! 応援してるよ!!」
「……助かったぜ。ありがとよ、ばあさん! 死ぬまで生きろよ!!」
叫びながら弾を詰め、ハンドグリップを引いた。
そしてベランダに立っている老女に手を振ると、路地を進み始める。
「見て! 街のダニ共が撃ち殺されてるわ!!」
「さっきの警官のおかげだな。あいつは一体どこから来たんだ?」
「分からないわ。でも私たちの味方である事は間違いなさそうよ」
「……手を貸してやるべきだな。この腐った街を救える出来るかもしれないぞ」
先ほどまで、トミーが奮闘している様子を見ていた住民達が武器を取り始めた。
雑多な小火器ばかりだが、数を集めれば強大な武器となる。
たった一人の警察官を援護する為に、ついに街の住民達が立ち上がったのだ。
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