「…?!」
私はぐいっと稲葉君の肩を押し返した。
私が動こうとしないから、あんまり意味ないけど。
稲葉君は私を優しそうに見つめて呟いた。
「見事に裏切られちゃったねぇ、小梅。」
その言葉に私はふっと笑みを漏らす。
「そうみたい。可哀想な私。まるで捨て猫。」
良い子の私はもう何処かへ行っていた。
体裁なんてどうでも良かった。ただただ自分を捨ててみたかった。
心に留めた黒いもやもやとした感情がどんどん溢れだして止まらなかった。
しばしの沈黙。
不意に私は強い力で稲葉君の方へと引き寄せられた。
ライムミントの香りが心地よく鼻を通る。
端正な稲葉君の顔が私に近寄る。
「何すっ―――――――――――――」
唇に、柔らかい物が触れていた。
あれ、可笑しいな。なんだか意識が遠のいて行く―――――――――――――――。
薄れゆく意識の中、私の中の感情は未だぐるぐると渦巻いていた。
――――――――――――――――――――――――――
「…ふぁ~。」
目を覚ましたら、そこは同棲を始めた彼の家。
ぱっと視界に映るのは、ついさっきまで愛しく感じたエル君の顔。
「起きたんだね!帰ってきたら泣いてて、それで倒れちゃって…びっくりしたよ。」
私が泣いてて驚いた?倒れていた?
「…馬鹿みたい。」
「……え?」
俯く私はエル君の表情さえ読み取れないものの、間の抜けた声が、戸惑いを感じさせる。それでも私は言葉を紡ぐ。どうしても、伝えなければならない。
「嘘つきペテン師、騙し屋。私を騙して楽しかった?それともこんな私がつまらなかった?」
ふっと揺れるエル君から香る、香水の匂い。
そんな匂いに顔をしかめながら、なおも私は続ける。
「飽きた?私はエル君が好きだった。優しくて、素直だったころの貴方が。でも違かった。結局おもちゃのように遊ばれて、捨てたのね。それとも何?体裁を良くしたかったの?少しでも良い評価が貰えれば、相手から好かれればそれで良かったとでもいうの?」
「何の話だい?僕には何の事だかさっぱりわからな―――――――――」
「じゃあこれは何!?」
突き付けたスマホに映る、エル君と、女の姿。
微笑みながらお互いを愛おしそうにしっかりと抱きしめていた。
―――――――――――エル君目線。
「あ、これは…。」
ぐっと言葉に詰まった。何も言えない。
だってこいつは俺の…『浮気相手にしか過ぎない』のだから。
「結局浮気してるんじゃない。何?どういう理由で?」
呆れたように呟く小梅。ごめん、ごめんなさい。
「疲れたんだよ。」
「誰に。」
「お前に。」
あれ、何を言ってるんだろう。
謝ろうと思っていたのに。こんな言葉しか出ない。
小梅はじわじわと涙を滲ませて、「だよねぇ…。」と呟いた。
「まあそうだよね。令嬢なんてただの肩書。貴方が送った言葉も視線も、パフォーマンスでしかないんでしょう?」
自嘲気味に小梅が笑った。
違う。違う。俺は小梅が好きだった…。
でも紡ぐ言葉は暴力的で、まるで小梅の言葉がその通りだと言わんばかりに。
「あぁそうだよ。お前の敬語は疲れたよ。だったら崩れたような日本語で、軽く会話してた方がずっと、」
「楽しかったと。」
「その通りだよ。よくわかったね。」
「分からなくて結構よ。」
ツンっとそっぽを向く小梅が、何処かへ行ってしまいそうだった。
謝りたいのに違う言葉しか口から零れてこない。
「謝ってよ。」
「…は?」
ありがとう小梅。謝るよ。正直に、頭を下げる――――――
だから許せ…!
「嫌だね。」
「…はぁ!?」
どうして言えないのだろうか。
心にある煙が、どうも俺を正解に導いてくれない。正しく起動しろ、俺の体。
「もういい。貴方と別れる。」
「ああ、そうしろよ。」
小梅が玄関のノブに手を掛けた。
しかしそこで小梅は立ち止まり、振り返った。
「……末永くお幸せに。応援してるよ。それから今まで有難う。じゃあ。」
「待っ――――――――――――」
バタンとドアの閉まる音が鳴り響いた。
こんなに情けない俺にでさえ、小梅は感謝してくれた。
「うっぅぅ…。」
泣いてしまうなんて。
自分の行動。
自分の気持ち。
何もかもが憎たらしかった。
「……帰ってこいよな…。」
呟いた言葉は、ひんやりする空気に吸い込まれるように溶け込んだ。
伸ばした手は、もう行き場を失っているかのように思えた。
――――――――――――――――
エル君の気持ちが上手く書けないいいいぃぃぃぃ!
後ですね、エルクンコンナヒトチガイマスカラネ
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