コルトバ=ユースは騎士の象徴とも呼べよう白銀の剣を捨てた。半袖半ズボンの格好の彼にとって、剣とは唯一騎士と証明出来る一品。外見から見た彼は、この町に住む者とは言えない、異質者のような存在だ。しかし、そんなことはどうでもいい。残された彼の武器はただ一つ。凶器のような人を殺す道具でもない――それは拳。相手、エル=ベルトランは大柄の魔剣デュラハンを手に握っており、血液で彩られた鎧は少し剥がれかけていた。不完全ながらもエルは武装を施している。
「分からせる、だと? 随分誇大な発言をするようになったな」
エルはまだ過信していた。己の力だけで目の前にいる雑魚を葬れる、と。実際問題彼の力は凄絶だ。
“コルトバ=ユースの放つ攻撃”を受けたとしてもエル=ベルトランは立ち上がることは出来るだろう。だが、エル=ベルトランの放つ攻撃をコルトバ=ユースが受けたら、恐らく立ち上がることは出来ない。立ち上がるどころか死ぬだろう。
単純なことだ。
一発だけ当てればいいのだ。ただそれだけ。
「いい加減その堅苦しい口調、やめようぜ。俺みたいにもっと楽になれよ!」
その時、コルトバは体の重さがフッと抜けたような跳躍数回すると、音も無くしてエルの背後に立ち回ってみせる。
(俺の背後を・・・・・・取っただと!?)
こんなことで一々驚愕している暇などない。こうしている間にもコルトバの拳が迫りかかろうとしている。だが、すぐさま背後を振り返り、且つ魔剣デュラハンを横に振り回し、間合いを取らせまいと行動したエルだったが、コルトバの意思が伝わったパンチは放たれることは無かった。というよりも、コルトバはその場にいなかった。
「コヤツッ!」
本当に誰かを守りたいという意思だけの力なのか? 疑ってしまう。
潜在能力だけで、百戦錬磨のエル=ベルトランの力を凌駕してしまうのか。戦いの基礎は成ってない、剣の構えも騎士とは思えないほど稚拙なものだ。
それなのに――
「俺はお姫様を守る正義のヒーローでもなんでもねえ。騎士の礼儀なんてのも知らねえし、実際姫さんがどれくらいすごい人なのかも分かってない田舎者だ」
いつのまにかコルトバ=ユースの拳が視界の目の前に。そして――
「けど、お前なんかの私利私欲のために、姫さんを殺していいわけがねえんだよ! これだけ分かる。俺は死力を尽くしても姫さんを守らなきゃならねえってことは分かる!」
エル=ベルトランの驚愕した表情に拳が触れ――
「だから・・・・・・いい加減目ェ覚ましやがれ!」
守りたい意思、そしてエル=ベルトランの信念を変えたい意思――それらを載せた渾身の一撃がエルの顔面を捉え、コルトバの拳は勢いを落とすどころか更に増し、思いっきり振り下ろした。今まで打撃で仰け反らなかったエルの体は、コルトバの体重と拳の衝撃に負け、地面に倒れこむ。積もっていた雪は砂塵のように舞い、地面にヒビが入るほどの衝動だった。
エルが倒れた今も、コルトバの拳は彼の顔から離れることはなかった。
「これが・・・・・・意思の力か・・・・・・」
顔の所々から血を流したエルは、掠れた声でそう言った。この時、彼はようやく“意思の力”を悟ったのかもしれない。存分に浴びせられてきた痛みは身に染みた。だからこそコルトバの力を認め、理解したのだ。
“意思”なんてものは非科学的なもので、物理的な根拠もない。力こそが全てだ、そう思っていた。けど今はこう言いたい。
「・・・・・・見事なり」
エル=ベルトラン。
「魔王」と称された将軍で、幾多の国を己が身一つで滅ぼし、征服を繰り返してきた、まさに称号に相応しい男。この世で最も世界を征服するのに近しい人物で、彼が負けた光景を見た者はいない。更には、大人数の兵や騎士を相手に無傷で勝利したなんて噂もある。返り血が重なりに重なって出来上がった暗黒の鎧を纏い、悪魔が宿るといわれる魔剣デュラハンを背中に背負う姿には、誰もが慄き、恐怖した。
そんな無敗な男エルが負けた。小さな国に仕える見習い騎士に。
エルは認めた。小さな国に仕える見習い騎士の力を。
そして認めた。この戦いの敗北を。
コルトバ=ユースはエル=ベルトランとの戦いに勝利を飾った。
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