ブルーシートを敷いただけの小さな露店。指輪やブレスレット、そこにはネックレスなど無造作に置かれていて、気味の悪い白髪の老婆が店番をしていた。数日前、一人の少年がそこで指輪を買っていたのを思い出したのだ。何か小夜にプレゼントしたい。中学生に高価なものは逆に引かれるのではと考え、ここなら丁度良い気がした。
「おばあちゃん、何か可愛いアクセサリあるかな?」僕は老婆に話しかけた。僕の声が聞えなかったのだろうか、老婆は僕の顔をマジマジと見て、一言「天使の声だね」と言った。
「おばあさん、天使の声ってなんですか?」
「お前さんの悩みさ。今、彼女と話が出来なくて困ってるんだろ?」
鼓動が早くなる。なぜこの老婆は僕の悩みをしっているのだ。それに天使の声とは何のことだろうか、まったく身に覚えのない言葉だった。老婆は面倒臭そうに話を続けた。
老婆が言うには天使の声とは子供から大人の間にある思春期の人間が恋をしたとき、好意を抱いた相手に対して発する言葉で、それを無意識のうちに行い、そして大人になると自然と天使の声を発しなくなる。天使の声の特徴は大人には雑音にしか聞こえないと言うことのようだ。もしそれが本当なら、小夜が僕への好意を無くすか、小夜自身が大人になるまで彼女と話が出来ないということじゃないか・・・
「何を泣きそうな顔しとるんじゃ、ほれ」老婆は一本のネックレスを差し出した。
「これはな天使のネックレスじゃ、これを身に着けて祈れ、さすればお前さんにも天使の声が聞えるようになる。ただし副作用もあるがの」
副作用とは天使の声とは引き換えに天使の言葉以外の恋の言葉が聞えなくなることだった。小夜以外の女性と恋に落ちることなど考えられなかったし、小夜が大人になった時のことを心配したが、小夜が大人になる前に互いに愛を誓い合えば、小夜が大人になったとしても普通に会話できるそうだ。だから僕にはなんの障害もなかった。少し前までの憂鬱な気持ちが晴れ、今はゆっくり買い物を楽しむ余裕が生まれていた。
「おばあさん、その赤いイヤリングも素敵ですね」
「これかい?これはお前さんには意味の無いものだよ。さっきのネックレスの逆さ、これを身に着けると一生、天使の声が使えなくなる。つまり大人になるだけのものさ」
「なるほど確かに大人の僕には無用ですね。もともと天使の声が使えないですからね」
僕と老婆は少し笑い、そして有り金全部5万円で天使のネックレスを買って帰った。明日からの小夜との会話を楽しみに。
◆
週末、小夜とデートの約束をした。いつもの公園で。
鉄棒のところでオシャレをした小夜が待っていた。僕は逸る心を抑え、声を掛けた。
・・・・・・
何も聞こえない。なぜだ?昨日、僕はネックレスを付け祈った“天使の声が聞えるように”と。小夜も戸惑いを隠せないようだ。しきりに耳を押える仕草をしている。
そしてその耳元に目を向けると、見覚えのある、あの赤いイヤリングが・・・
ふいに脳裏に老婆の声が蘇る。
「これかい?これはお前さんには意味の無いものだよ。さっきのネックレスの逆さ、
“これを身に着けると一生、天使の声が使えなくなる”。つまり大人になるだけのものさ」
(おわり)
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