今朝、小学生になったばかりの妹が「散歩をしようよ」と僕に声を掛ける。僕はそのお誘いを勿論承諾した。
僕の家の窓からは妹の通う小学校が見える。それが右手側に建っているのだが、左手側には小さいとも大きいとも言えない公園がある。周りが遊歩道に覆われているので、その周りと学校の周りを歩こう、と僕は提案した。
白い雲に邪魔されない日差しは僕らの気持ちを安らげた。ただ、まだ冬の恩恵というのか残党というのか、ちょっぴり肌寒い。周りは今頃朝ごはんを食べて朝のニュースを見ている頃だろう。公園には誰もいず、嵐の前の静けさと似た感覚を得た。
「ねぇ、お兄ちゃん」
歩幅の違いからか、テクテクと僕に追いつこうとする妹が声を掛ける。
「ん?」
「ブランコしよ!」
「そうだなぁ・・・・・・。いいよ」
何となくこれからの光景が容易に想起出来たが、妹の無邪気な笑みを見て断れる兄などどこにもいなかった。
ブランコで揺れる妹、そして小さな背中を押して勢いを作る僕――この構図はいつものことで、僕がブランコに乗るのは許されない。
「ブランコ、楽しいか?」
風に押され、長い髪をなびかせながら笑顔を見せる妹の前でこの質問は愚問だったかもしれない。
「うん、楽しいよ。学校も」
学校。僕には到底理解しえない場所。今を楽しむ妹から『学校』という言葉を聞いて少し心が痛んだ。出来れば、この清々しい朝では聞きたくは無かった。
「そうか・・・・・・」
返事はこれまでだった。
小学校の周りを歩く僕ら。ここは僕の母校でもあるのだが、創立間もないのでまだ新調とした感じだった。唯一変わった点は、小さかった校門が大きく、派手になっていたこと。この大きな校門は、これから何百人の子供たちを迎え入れ、送り出すのだろう。学校は変わった。僕は変わらない。
感慨にふけていった僕を呼び覚ましたのは並列して歩く妹だった。
「お兄ちゃん、頑張ってね」
不意な言葉だった。全てを悟られていた。ただ、それは親から叩き込まれた台本どおりの台詞ではなく、気晴らしに散歩をしようと誘ってくれた妹の本当の言葉。
「ああ、ありがとな」
僕はそう言って妹の頭を撫でる。ちょっぴり嬉しそうだった。
「なぁ、もう一回ブランコで遊んでいかないか?」
「お兄ちゃんもゆらゆらされたくなったの?」
「まあな」
そう言って僕はダッシュで公園へ駆けて行く。妹は僕に追いつこうとする。
僕はかけっこを促した。
走っているとき、全てが消し飛んだ。朝特有の肌寒さも。
公園に戻るとブランコは何かに揺らぐことなく、ピタリと止まっていた。
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