横から陽の光を受け、片側しか露出していない男の目にも光が反射した。
ただの黒いカーテンのような背中のマントが、互いに固まって沈黙している2人の代わりに、ばたばたと音をたてている。季節の割には涼しく強い風が、街の中に吹き込み始めていた。
一瞬の間に、男を見上げるヒカルの脳内には様々なものが駆け巡っていた。
…黒い、いや、よく見ると青黒い大鎌。
イツキが持っていたものよりはやや小ぶりで、緩めのカーブを描いた刃が、男の顔の隣にちょこんと突き出ている。
頬からまぶたの上を通り、額の近くまでのびた鋭い切り傷のような傷跡。この傷を受けた時に目を損傷したのか、こちらのまぶただけ常に閉じられていた。
残った目は、明るい光が入っているものの鋭く険しく見える。眼球は、ずっとこちらを見下ろしている。そして、口は達磨のそれのように、への字に結ばれている。
見られている。背中にでかい鎌をもった大男に。おかしな風貌で凶器を所持した不審者に。
ヒカルは、馬鹿みたいにその場に突っ立ったまま、指一本動かせなかった。
死、神。
その漢字2文字が、頭の中にでっかいフォントで貼り付いた。
イツキ。
名前を呼んで後ろを振り向こうと口を開いたとき、先に大男が声を出した。
「ああ、すまんすまん。ぼうっとしてて、避けられなかった」
大きな口から飛び出したのは、思っていたより、ひょうきんな感じの声だった。
「いや、ぶつかってはいないかな?大丈夫かね」
親戚のおじさんにこんな低い声の人がいたな、などと、場違いに考えていたヒカルには、差し出された大きな手に気付くまで少し時間がかかった。
「…え、あ。すみません。大丈夫です。ぶつかってはいないです」
「そうかい。それは良かった。じゃあ、これで失礼」
すっ、と音もなく男が脇をすり抜けていく。黒いマントの端が、ヒカルの隣で大きく翻った。
一瞬、横目で見た大鎌は、男の腰のベルトにくくりつけられているようだった。
男の気配が、後ろに遠のいていく。
ふと、耳に、さっきまで聞こえていたはずの商店街の喧騒が戻ってきた。
それに気付いたのと同時に、ヒカルは全身にどっと疲れが出るのを感じた。
なんだったんだ。あいつは。
どう見ても、普通の人間じゃない。
立ち尽くしたまま、ヒカルはゆっくりかぶりを振った。
…あれが本物なら、あんな男とっくに職質されてる。イツキだってそうだ。
死神なんて存在するはずがない。俺だけに見えるなんてこと、あるわけない。
何度も、何度もかぶりを振る。
神様なんて、人間が作りだしたものだ。死神は、人間が根源的にもつ死への恐怖が抽象化されたものだと、どこかで聞いたことがある。
だが、その直後、ヒカルは気が付いた。
ハゲだかスキンヘッドだか分からないが、あの大男に髪の毛は無かった。
しかし、太陽光が差し込んだ男の黒い目には、ガーネットのようにうっすらと、赤い色が見えていた。
イツキにこのことを伝えよう。
家に帰るという重要な事も忘れて、何故かそんなことを考えたヒカルが、ようやくじりじりと後ろを振り返ったときだった。
さっきのビジネスホテルの方から、さっきよりもずっと大きな、うわっというどよめきが聞こえてきた。
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