「では、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
御礼を述べて、店から出ようとすると、妖精が唸り声に近いものをあげた。
「どうしました?」
「いやあ、ね。何か足りない・・・あ!」
そこで彼女は指を鳴らす。どうやら答えに辿り着いたらしく、少し待っているよう言って商品棚の方へ消えた。
「おまたせ!」
消えてから数十秒も経たずに妖精は帰ってくる。肩で息をしていたが、そんな事はどうでもいいというように私に近付いてきた。
「どうしました?」
「ちょっとね」
両手を挙げるよう指示され、大人しく従う。
「なにか足りないと思ったら、これよこれ」
見ると、ズボンのベルトとは違う別の何かが私の体に巻かれていた。
「ナイフが使い難いだろうと思ってね」
私の体を見渡してもズボンのベルトとは別の、黒いベルト以外何かが付いている様子は無く、不思議に首をかしげる。
「後ろ後ろ」
アクアさんが指を指して言うので、私は両手で腰の辺りに触れる。
「えっ」
何かがあった。両手で触れて形状を把握する。
「これは・・・」
「ナイフポーチ」
ナイフを入れる箇所が斜めにいくつか取り付けられた、少し大きめのポーチだった。
「ナイフポーチ・・・・・・」
触って調べてみると、最大で六つまで入るようだ。
「ありがとうございます」
バッグから先程貰ったナイフケースを取り出して、ポーチに一つずつ詰めていく。丁度数が同じで、ケースはすっからかんになったが、ポーチは満帆になった。
「安物だけどね、お金は要らないから。それじゃ行ってらっしゃい」
もう一度御礼を述べて、アクアさんが先に店を出た。
私も出ようとした時、後ろから呼ぶ声がして振り向く。
「女の子は大切にね」
そう微笑んで言う妖精に、私は笑って言う。
「もちろん。父と約束しましたから」
「行ってらっしゃい」
その言葉を聞いて、私は閉じてしまった扉を開けるべくドアノブに手を掛ける。
そういえば、誰かからこうして送り出されるのは何年振りだろうか?
見当も付かないが、私は懐かしさが込み上げて来て、思わずにやけてしまう。
「行ってきます!」
そう元気に返事をして、私は外の世界へ飛び出した。
「行っちゃったかー」
久々に楽しいお客さんだった。こんなに楽しかったのは、いつ振りだろうか。
「エレヴから旅に出るとは、中々チャレンジャーだこと・・・」
歩いて、見慣れた店内の奥へ向かう。
「ここにも、長い間暮らしてるわね」
向かった先には、これまた見慣れたレジ。ここで毎日半日以上過ごす。
そのレジの内側に、外側からは見えない位置にある棚があった。
「まったく、貴女は全然変わってないようね」
五段あるうちの一番上の棚を手前に引く。
木製の、写真立てがあった。
「ねえ、シグナスさん?」
若く、綺麗で長い銀髪を携えた女性が、少しだけぎこちない笑顔の自分に勢い良く抱き付いていた。その光景に、彼女の両脇に居た五人の護衛が驚き慌てる。そんな瞬間を収めた写真だった。写っている他に、もう一人御付きの人が居たのを覚えている。眼鏡を掛けた、綺麗な水色の髪をした人だった。
「ん」
足元に、飼っている黒猫が擦寄る。
「久し振りに、昔の事を思い出したわ。今では女王様だなんてね。あのお転婆少女が。びっくりしちゃうわ」
黒猫を撫でる。サラサラとした毛はとても手触りが良かった。
「あの子達は、全く心配要らないわね。貴女にそっくりだわ、流石に貴女程元気じゃないけどね」
ああ、なんと懐かしい事か。
「でもまあ・・・なんと言いますか、シグナス様。貴女の元気なところ、とてもお好きですことよ?」
少しだけ彼女の口調を真似する。
「まったく、何してるのかしらね、私は」
ゴロンと寝転がった猫の頭を軽く撫でて、私は立ち上がる。
「久し振りに―――、電話でも、掛けてみましょうか」
―――そして、私は、
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