私は今、雲の上に居る。
世界の何処かで雲の上に乗る事が出来る、名前の知らない謎の場所―――という訳ではなく、オルビスという空中都市の、その市街地の外れ。長くもこもことした雲が延々と水平線の彼方まで続いていく、しかも名前が付けられている道。
「この先ですか?」
「そう、この先。モンスターが出て来るから気を付けて」
そう注意を促すのは、色々とあって私を連れて行ってくれる事になったアクアさんという女性で、何処まで行くのかは知らされていない。好奇心で付いて行く事にしたので、知らなくても取り敢えずは問題無い。
「モンスターが出てきたところで、この愛刀五月雨に一刀両断されるのがオチですよ」
私は腰に付けた刀を得意げに見せる。
「はいはい」
彼女が雲の上を歩き始めたので、私は距離を詰めるようにほんの少し走って追い付いた。
足を動かす度に、ナイフポーチが揺れて、少し歩き辛い。が、ただで貰ったものだし、まだ付けて間も無いという事で慣れれば以前と変わらないと自分に言い聞かせ、歩き続ける。
「この道を真っ直ぐ行くと、次第に古びたボロ屋が見えてくる筈よ。途中、看板があるけど見つけたら絶対に私から離れないで」
「分かりました。看板は何かの目印ですか?」
「そこから先が、期待に胸を躍らせて旅立った新参者を病院送り或いは天使の輪っかをプレゼントしてくれる危険地帯って事よ」
うわ。
「私、期待に胸を躍らせてないのでセーフですかね」
「私が胸を躍らせてるからアウトよ」
「はぁーなるほど」
その会話をして少し経ってから彼女の顔を何気なく見ると、少し赤くなっている気がした。
「今日、そんなに暑いですか?」
「黙って歩きなさい」
「はあ」
答えて少し考えると、結構簡単に理由は判明した。
「―――別にそういう意味で捉えては」
「うっさい」
頭を軽く小突かれ、私は頭を抑えて目を塞ぐ。薄めで彼女を見て、更に顔が赤くなっている事と、少し目を細めている事が分かって、少し頬を綻ばせた。
それから少し歩いて、次第に太陽の光は強さを増す。
「そうか、雲の上という事は太陽光を遮るものがあまりないのか・・・・・・」
「それでも遮ってくれる雲はあるけどね」
雲の有り難みを実感出来る道である。
そんなことを考えていると、前方に何かが見えてくる。
「あれは何ですか?」
「あれ? 何か見える?」
どうやら彼女には見えていないらしく、シルエットを伝える。
「植物のようですけど、雲の上になんて珍しいですね」
笑いながら言った途端、アクアさんが歩を止めた。
「それ、モンスターよ」
顔が笑顔のまま硬直した。
更に近付くと、アクアさんにもどうやら見えたようで、私を手で静止しながら歩を止めた。
「驚いた。目が良いのね」
「それ程でもないですよ」
「どうしようかしらね。先手必勝といきたいところだけれど」
「良い考えがあります」
「何?」
「私が敵が気付く前に突撃して愛刀五月雨で千切りにします」
「あなたが突撃してくる姿を敵が発見して遠距離から攻撃されて溶かされるのね?」
「遠距離攻撃型とは知りませんでした」
「初見の敵に突撃するのは自殺行為ということを覚えておきなさい」
「肝に命じます」
「宜しい」
そう話して、彼女が先手を取る方法を考えている間、私は腰に手を当てて体を伸ばした。
「あっ」
その際、歩き慣れて全く気にならなくなっていたナイフポーチに手が触れた。
彼女を見て、私は再度、こう言った。
「私に良い考えがあります」
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