「いつもお世話になっております」「お手数をお掛けします」「承知いたしました」「よろしくお願いいたします」 白々しい言葉を連発し、与えられた役を演じ、その対価を得る。拙い演技としては妥当な対価だし、なんとか生活も出来ている。でもそれって生きていると言えるのか。
すべてが嘘で塗り固められた世界。そこにどんな真実があるのか。俺はいつも不毛な砂漠の中にいた。あんたもそうだろ?
でもさ、少し頑張ってみないか。こんなろくでもない世界でも、きっと楽しいことがあるはずさ。だから俺と一緒に探さないか。
あれは一目惚れだったのかな。街中に佇む女。ショートカットで痩せ型。背は160ぐらい。運動靴にオフィス制服。地図を片手に目を泳がせているところを見ると、この辺りの人間じゃない。急いで会社に戻る用事も無かったし、興味本位で声を掛けた。何よりどんな困り顔か見てみたかった。
最初、耳が聞こえないことに気付かなかった。身振り手振りが玩具の人形のようで面喰った。地図を指さし、目的地を告げる女。その瞬間、心の奥から笑いが込み上げてきた。
不思議そうに俺の顔を覗き込む女に、目的地を指さす。それは俺らの立っている目の前のビルだった。 赤面して、今にも泣きそうな顔を見て、我慢できず腹を抱えて笑っちゃったよ。そして心が少し軽くなった。例えれば幾重にも重ね着した鎖帷子(くさりかたびら)を一つずつ脱ぎ捨てるような感じ。まぁだからさ、簡単に言えば俺は恋に落ちたってこと。
付き合うようになって、周囲からは面倒な恋をしていると揶揄(やゆ)されたが、会話はLINEで不自由なく出来ていたし、面倒だからこそ、恋は楽しい。今はそう思っている。少し前の俺が見たら鼻で笑われるだろうな。
もう一つ、変化があったとすれば、相手の表情を観察することが多くなった。人間というのは無意識に相手の声色から感情を読み取っているものらしい。でもLINEだとそれが難しい。だからLINEを打ったあと、彼女を観察し、どんな気持ちなのか想像してしまう。でもそれは彼女も同じみたいだ。そのせいで、互いに見詰め合って照れることもある。まぁこれは惚気(のろけ)な。
「はい昨日の件です。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」
電話を切ると横で同僚が苦笑いしながら分かったようなことを言いやがる。
「電話なんだから、お辞儀したって相手には見えないだろ」
しょうがないだろ、体が勝手に動いちゃうんだからよ。それに「お任せください」なんて返事をもらえたりすると、すげー嬉しいんだよ。これも彼女の影響だろうな。 それにしても会話って怖いな。気持ちを隠そうとしても、なぜか相手に伝わってしまう。それに好意には好意が、敵意には敵意が、そして無関心には無関心が返ってくる。今まで、すべてが空しく感じていたのって、結局は 俺自身がそう仕向けていたのだと思う。
ずっと砂漠の中で一片の宝石を探すような生き方をしてきた。でも違っていたんだな。 一片の宝石を探すのではなく、一片の砂をこそ宝石に変えなきゃいけないんだ。どのくらい大変なのかはまだ分からないけど、一片の宝石を探すより楽しそうだろ。あんたもそう思わないか?
だから一緒に行こう。もう分かっているんだろ?誰かを貶めて、偽りのプライドを守ったってカッコ悪いだけだってこと。ほら、さっさと腰上げて、俺たちだけの物語を作りに行こうぜ!!
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