「聡君、パソコン止めて早く食べないと麺のびちゃうよ」
笑いながら頬を膨らます美緒に微笑み返す。
自然に笑えるようになるなんて、あの頃からは想像できない。
半日調べても僕と同じ経験をした人は見つからなかった。
それでも斉藤祐樹の事例には驚いた。
一人の人間が運命の手紙の送り手と受け手の両方を担う結果になったこと。
想像できないほどの苦悩だったはず。だから僕も諦めない。
◆
運命の手紙。
幾つかの条件をクリアし投函すると、手紙は時を越え運命の相手に届くという都市伝説。
信じるというよりは、すがりたかった。僕という欠陥人間にも運命の相手がいてほしいと。
全てが嘘に見えた。近づいてくる人間も、離れていく人間も。
自分を正当化しようと躍起になるほど周囲の風当たりは強く、
お前は社会不適合者だと突き付けてくる。
それは自己嫌悪となり徐々に心を蝕んでいった。
そんな時「運命の手紙」の存在を知った。
こんな僕でも理解し受け入れてくれる人が存在するのだろうか。
一縷の望みに掛け、手紙を投函した。
◆
あの日、美緒は何の前触れもなく部屋にいた。
腰を抜かす僕に、お腹を抱えて笑う美緒。
距離を取る前に懐に飛び込まれ翻弄される毎日。
そして彼女はよく笑い、よく泣いた。
心地よい疲れと共に心が満たされていく。
それを幸せと言うのか分からないけれど、美緒は確実に僕を変え、
そして生きる意味を与えてくれた。
◆
突然降って湧いた奇跡。だから余計に不安が募る。
違和感は最初からあった。初めて会った時も。
二人で食事しているときも。街に出かけたときも。
普通ではありえない状況が彼女の存在を物語っていた。
恐る恐る聞いたとき、彼女は悲しげに小さく頷いた。
運命の手紙が美緒のもとに届いた日。
その日は美緒の通夜だった。
運命の相手に一目会いたい。
彼女の強い思いが魂をこの世に繋ぎ止めた。
そして幽霊となって僕を訪ねてきたのだ。
「幽霊と恋なんて、出来ないよね・・・」
「そんな訳ないだろ。美緒がいなきゃダメなんだ」
美緒の寂しそうな顔に思わず叫んでいた。
なぜ運命の手紙が美緒の死後に届いたのか。
神の思惑は分からない。だけど美緒のお蔭で生きる喜びを知った。
そして、これからも一緒に歩んでいきたい。
いや、一緒に歩めないのなら生きている意義さえ失ってしまう。
◆
残された時間はあと僅か。
ここ数日、少しずつだが美緒の影が薄くなってきている。
まるで影が消えたとき、美緒自身も消えてしまう暗示のように。
僕らは互いに励まし合い、そしてついに、ある可能性にたどり着いたのだ。
限りなく低い希望。でも迷っている暇はなかった。
準備に一週間掛かった。すべてが終わった時には、
美緒は影が消えただけでなく、その姿さえ透けて見えていた。
「後悔しているかい」
美緒は笑顔で首を振った。もう声も出せないのだ。
抱き寄せ、髪をなでる。いつまでも忘れないように。
そして美緒は、満足そうに僕の腕の中で消えていった。
必ず迎えにいくからな。心の中で誓い、家を後にした。
僕らの挑戦を確かめるために。
(おわり)
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