メイプルストーリー

おしゃべり広場

キャラクター名:
獣狸
ワールド:
ゆかり

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創作物語

無くしたものはなんですか(1) 日付:2018.12.20 22:05 表示回数:325

むかしむかしのえいゆうのおはなし
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 今日はとある青年が、月に一度のオニックスドラゴンの王と会う日。彼は早朝から竜の羽を模した飾り付きのヘアバンドをつけて、竜のシルエットが刻まれた法衣を羽織って、己なりの正装をめかし込んでいく。

「よしっ」

 鏡の前で青年──フリードは頷いた。ついついしてしまった研究の夜更かしのせいで少し頭がぼんやりするが、あの偉大なるドラゴンと対面する日はいつまでたっても心が弾む。あの艶やかな光沢のある黒い鱗、金色の角、想像するだけで緩む頬を、こんなたるんだ顔では失礼だと諌めて、彼は鏡から離れた。
「(さて、まだ行くには早い時間だし、ちょっと卵の様子を見に行こうかな)」
 家の裏庭では、竜の卵が焚き火にパチパチと炙られている。とても分厚い竜の卵は、自然孵化ではかなりの時間を要する為、一見非道に見えるやり方を行っていた。
 彼は裏口へと向かい、そっとドアノブを回す。そこには孵化まで程遠い卵が、静かに炎の上に鎮座している筈だ。ヒビが入って光りだしていたらどうしよう、外出できなくなってしまうなぁなんて少し悩みながら、窺うように扉を開けていく。
 しかし、扉の解放に伴いゆっくりと視界に映っていく光景の恐ろしさに、彼は息を詰まらせ目を見開いた。身の丈程もある卵が、焚き火の上ではなく担架の上に、二匹のモリョンによって乗せられようとしているではないか!
「何してるんだ!」
 フリードが声を荒げると、モリョン達は一瞬びくりと肩をすくませ、慌てて卵を乗せ担架を持って走り去る。フリードは扉を閉めもせず、すぐに険しい顔で追いかけた。
 彼らは町並みを縫って走る、走る。けれどモリョン達のなんと足の速いことか。普段森に住む者と研究に篭っている者との差は歴然で、卵を運ぶモリョンと手ぶらのフリードの速さはほぼ互角だった。そのうえ体力も研究者は乏しく、ほどなくして息が弾み始める。
「(くそっ……!)」
 モリョン達は森へと入っていく。フリードも後へ続く。地の利は相手側にある。それでもなんとか見失わないように、彼は懸命に走った。

 獣道を蹴り、鮮やかな果実の成る木々を抜け、必死に食らい付いていくフリード。だが、距離は容赦なく離されていく。
 今にも森の奥へ消えそうなモリョンの後ろ姿に、荒らぐ息を飲みながら弱音が過った。
「(駄目だ、追い付けない……)」
 次第に姿は目視できなくなり、ついには通ったあとに揺れる草葉さえわからなくなった。 彼らの行く末が完全に途絶えてしまい、フリードは苦渋の表情を浮かべる。
 それでも彼は諦めきれず尚も消えた方向に向かって進んでいくと、ぽつんと古びた小屋が、森の中に佇んでいるのを見つけた。
「(こんな所に……)」
 フリードは近付いてぺたぺたと触る。木で作られた簡素な小屋は外壁が苔むしていて、かなり古い。いつからあるのかわからないこの小屋に、彼は不審な点をひとつ見つけた。
 出入口付近だけ、草が少ないのだ。
 扉は鍵がかかっていないらしく、少しだけ隙間が空いている。壁に耳を当てて澄ますが、物音は聞こえない。
 可能性は少ないが、もしかすると。彼は一縷の望みをかけ、扉に手の平を当て、一気に小屋内部を解放した。

「……っ」

 フリードが目にしたのは、紫色の瞳。薄暗い部屋の中、床に座り込んだ男がひとり、しかと彼を睨んでいた。フリードはまさか人間がいるとは思わず、目を合わせたまま固まってしまう。

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