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思案にふけって遠くを見ていた青い瞳は、自信という光を差して男へと向く。
「ウンウォル、ウンウォルはどうだろう?」
「ウンウォルか……随分悩んでいたようだけど、それには何か意味でもあるのか?」
「隠れ月、隠月、という意味がある。君のその特徴的な髪は、月の隠れた夜のようだと思ったから」
由来はともかく、響きは悪くない。男はそれで良いと返事しようとしたが、ついぽろりと別の言葉が飛び出る。
「……君は随分ロマンチストだな」
「え?」
自覚が無いのか、言われてフリードはきょとんとした。
「いや、何でもないただのひとりごとだ」
「ひとりごとにしては随分ハッキリしてたけど……気に入らなかった?」
「そんな事はない、その名前で良い」
ぱぁっと、彼の顔が明るく緩む。
「良かった! じゃあ──」
にこやかに、男の目の前へと差し出される手のひら。それが何を意味するのか、考えるまでも無く。
「ウンウォル、改めて宜しくね」
「ああ」
男──ウンウォルは穏やかに、その手を無骨な手で握り返した。髪を切れない理由になってしまったなと、ひっそり思いながら。
「あ、そうだ。あと二つ聞きたい事があるんだっけ?」
フリードは椅子に座って、聞く体勢に入る。
「いや、あと一つだ」
「あれ?」
「髪の事と、名前の事は済んだからな」
「あぁなんだ、名前もそうだったの」
「なんだとは酷いな、本気で気にしていたのに」
「ご、ごめんごめん」
ウンウォルがおどけたようにワザとらしく『言ったな?』という風にすると、フリードもワザとらしく謝った。
やり取りに、ウンウォルはふっと笑いが込み上げるも、すぐに顔を曇らせる。
「あとの一つは……この町に来てからずっと引っ掛かっている事だ」
「それは、どういう……?」
「君の卵が盗まれた件だ」
聞いた途端、フリードの目の色が変わった。好奇心を奥底に宿らせる、真っ直ぐとした目だ。
「……詳しく聞かせて貰える?」
「モリョン達は、町にはよく来るのか?」
「昔はね。よく町の物を盗んで迷惑をかけてたんだけど、オニックスドラゴンの王が生まれてからは怖がって来なくなってたよ」
「君が誰かに恨まれている心当たりは?」
「無い、とは言えないな」
ほう、とウンウォルは相槌を打つ。
「ほら、俺って王の世話をしているだろう? 人間、ましてや研究者である俺が世話をしているのを、快く思っていないドラゴンがいるのは知ってるんだ」
なにせあんな事があったから、とフリードが王の先代マスターを示唆すると、彼は察して「ああ」と一言だけ溢した。
「それが恨まれる、まで行くかどうかはわからないけどね」
「なるほど……」
ウンウォルは何かに納得すると、俯いて考え込み始める。黙ってしまった彼をフリードは暫く眺めていたが、一向にその顔が上がる気配は無かった。痺れを切らしてふぅっと鼻で息を吹くと、肘をついて前のめりに話し掛ける。
「ねぇ、俺からも質問していい?」
「え? ああ……?」
「君はどうしてそんな事を聞こうと思ったの?」
「……君のこの家は、森にそう近いという訳じゃない。町中に入らなければ、卵の存在を知る事はできないだろう」
「そうだね」
「単刀直入に言うと、誰かが君に嫌がらせをする為に、モリョン達を手引きしたのではないか、と」
「……なかなかに凄いね」
洞察力に、フリードは思わず感嘆が漏れた。初めての場所にも関わらず冷静に観察し、感じた違和感を分析する合理的さ。そもそもが自分の事ですら生きる理由が無いからと死に場所を探していたぐらいの彼だ、物事を理論的に考えるのは性分なのだろう。
論じるのが嫌いではないフリードは、彼に負けじとつらつらと自分の考えを並べ立て始めた。
「それは実は俺も思ってたんだよね。王が弱ってるのを知られて町に侵入しただけならまだわかるんだけど、盗まれた事を知られたらタダじゃ済まないドラゴンの卵に目を付けるなんて
」
それに、と更に言葉を続ける。
「仮に共存関係に無い俺が預かってるせいにしたって、人間が預かってるなんてどうやって知る? しかも森から見えない町中の人間が」
「…………」
「とどのつまり『モリョンがドラゴンの卵』を、更に『町中の卵を狙って盗む』のが不自然で……まぁ君の仮説も有りだろうし、今の段階では偶然の線も無いとは言えないだろうね」
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