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日が沈み、暗闇に包まれた森の中。手頃な樹上で朝まで眠ろうかと月明かりを頼りにうろついていた。ふいに全身を妙な気配が包み振り返ると、木々の間の奥の奥、一切の光も無い闇から何か影のようなものが蠢くのを感じた。
モンスターでも人でもない、影そのものが生き物のようにうねり、濃縮していく。得たいの知れない現象を凝視していると、その影を中心に、辺りの闇がみるみる濃くなる。
男はそこに光が無いのは『何か』が生まれようとし、その『何か』が光を喰らっているからだと直感した。
瞬間、影に正反対に思える一対の光が宿る。だが、開いていった光は憎悪そのもののような爛々とした鋭さを放ち、『何か』に相応な不気味さを増長させていった。それは瞳のようにも見えて、それが形成された為か急に『何か』は人のようにも見えた。力無く項垂れた、意識の無い、人のように。
未知のもの、憎悪に本能的に恐怖を感じて、男はその場から逃げ出した。それがモンスターや人であったなら何者であれ対峙したのかもしれない。しかし、そうではなかった。
一体あれは何だ、わからないまま走り、体力が無くなってくると歩いてでも進み続けた。安全な場所、それが無くとも夜が明けるまで立ち止まってはならないと、男は足を動かし続けた。
そうして空に白みが仄かにかかる頃、ようやく古びた小屋を見つけた。入り口から中を覗き込むも、誰もいない。
出入口に草があまり生い茂っていない事から今現在も誰かが使っている可能性は高かったが、疲れきっていた男は持ち主が現れるまでの間と、中に入って暫しの休眠を取る事にしたのだ。
「(まさか、現れたのがモリョンなどという種族だったとは思わなかったが……)」
しかもさほど睡眠を取れない内に襲ってきた為、心身ともに休まった今更、眠気が襲ってきた。あれから温かな食事に娯楽、湯に体を浸す事になるなど、誰が予想できたか。心地好すぎて、何度も意識を持っていかれそうになる。
「(このまま眠って水没して溺死なんて、間抜けにも程があるな……)」
船を漕ぎ、一度湯が口に付いて本格的にまずいと察する。
あの正体不明な現象もフリードに聞かなくてはいけないのに、こんな所でこんな形で死ぬなんてと、強い眠気を振り払ってウンウォルは湯から上がった。
「……何をしているんだ?」
ウンウォルが用意された服を着て、タオルで頭を拭きながら出てくると、フリードがつまんだ試験管とにらめっこしていた。声をかけられ、ウンウォルの方へ振り向くフリード。
「ああ、お湯加減はどうだった?」
「良かった、が……」
「それは良かった、服はどう?」
「少しキツい……」
「あーやっぱり……無理そうなら着替えちゃってね」
フリードはそう言うとまた試験管を見た。高く上げ、明かりに透かしながら軽く振る。中は茶色く濁っており、綺麗とは到底言えないものだった。
「これはね、ちょっとした実験」
「……実験?」
てっきり流されたように思われた質問を時間差で拾われ、ウンウォルの反応も遅れ気味になる。
「そ。やっぱりさ、あのモリョン達の事がどうしても気になるんだよね」
「…………?」
「だから、確かめようと思って」
どうやって、とウンウォルが疑問を口にすれば、フリードはふふっと笑った。
「それはこの薬ができてからのお楽しみ」
何がそんなに楽しいのか、理解できなくて眉をひそめるウンウォル。
「まぁ……隠したいようだから深くは聞かないが……。それとは別で聞きたい事があるんだがそれは良いか?」
「うん? 別に構わないけど、なに?」
「さっき思い出した事なんだが……」
ウンウォルの方を見ずに作業を続けながら会話していたフリードは、彼の次の一言で顔色を変えた。
「森の中で、妙な影を見た。人のようで人でなく、かといって普通の生き物でもないものだ」
「……それ、本当?」
ウンウォルと出会ってから初めて見せた、真剣で険しい顔つき。
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