前任者が既にいない部署へ異動になりました、私の後任者はいつ来るかわからない(白目)
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「ああ、正体を考えるより先に、感じた事の無い怖気に逃げてしまったが……君はあれが何か知っているか?」
尋ねれば、フリードは視線を伏せて、重々しく呟いた。
「結論から言うと……わからない」
「そうか……」
声を落とし残念がるウンウォル。彼に対して少しでも知れる事があるならばと、フリードは言葉を続ける。
「心当たりはあるんだ。近年、ドラゴン達の間で噂になっている影があって、その影と君の見たものが同一かは分からないんだけど……」
「ほう?」
「でも残念ながら、そっちの方も正体が掴めていないんだ」
「噂って、どういう噂なんだ?」
「ただ見たことがないものがいるという話、それに襲われたという話、そして……それが現れた近くで、死体が動いていたという話だ」
「死体が、動く……?」
「詳しい事は不明だ。その影と動く死体の因果関係もわからない。ただ現在確かなのは、夜にしか現れていない事、町での目撃情報も無い、それだけだ」
もしかしたら、今後も何か別の事が起こるかもしれない。そう不穏な言葉と共にフリードは試験管の蓋を開けて、中の液体をスポイトで吸い出す。そして、それを手の甲に一滴垂らした。
するとどうだ、液体は皮膚にみるみる吸い込まれ、その箇所の皮膚を茶色く染めていくではないか。それはただの染色ではなく、皮膚そのものが別のものに変異しているようだった。
ウンウォルは動揺を隠しきれず、目を丸くしてそのフリードの手に顔を寄せる。
「それ、は……大丈夫なのか……?」
「うん平気平気、ただの変身薬だから」
「変身薬……?」
「そう。うまく作れたみたいだから、俺もそろそろ風呂に入るよ」
その影の話はまた今度じっくり聞かせてと、いかにも眠そうなあくびの後にフリードは言った。その姿に、彼が水没しないか少し心配になるウンウォル。
彼の眼差しに気付いたフリードは、首を傾げて。
「なに? どうかした?」
「いや……」
普段から入ってる彼にそんなのは杞憂かとウンウォルは口ごもる。何でもない、と話を切ろうとしたが、フリードの何か合点がいったようなぽんっと手を打つ動作に遮られた。
「そっか、寝る場所か」
違うそうじゃない。ウンウォルは反射的に言いかけたが、彼の言う事も尤もだった。自分はどこで寝ればいいのだろう。
フリードも困った面持ちで考えていたが、それもほんの数秒の事で。彼が弾き出した結論は、実に責任感のある彼らしいものだった。
「もしよかったら、俺のベッド使ってもいいよ」
「……そんなことをしたら、今度は君の寝る場所が無くなるのでは……?」
「大丈夫、俺はそこら辺で寝るから」
「そこら辺って……」
「まぁ、椅子とか本棚にもたれて?」
あっさりと言ってはいるが、とんでもないとウンウォルは顔をしかめる。雨ざらしの地面よりも建家の床、建家の床よりもベッドの方が何倍も疲れが取れるのは浮浪者の彼でさえ分かりきっていた。むしろ、そういう落差を多分に経験している故だったとも言える。
ウンウォルはしかめ面のまま、彼の提案を拒否した。
「いや、それだったら私がそうする。流石に君の寝床を奪ってまではベッドで寝ようと思わない」
「いいって遠慮しないで、研究しながら寝落ちとかよくやっちゃってるし」
寝落ち……? とウンウォルが聞き慣れない単語を拾うと、何か作業しながら寝てしまう事だとフリードから補足が入る。
「だがそれでもやはり……」
「今晩だけの話だからさ」
「…………」
「ね?」
「…………」
「……よしわかった! じゃあ交換条件!」
渋ってなかなか首を縦に振らないウンウォルにフリードは痺れを切らし、腰に手を当て声を張った。いきなりの事に虚を突かれながら一体何を引き合いに出すつもりだと、内心ウンウォルは身構える。
どんな好条件を出されても、一切引き下がる気の無い彼。しかし上目遣いにフリードが提示してきたのは、先程以上にとんでもないものだった。
「君がベッドを使わないのなら、俺は外で寝るから」
人は、それを脅しという。
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