前哨基地にて、イリーナ主体のお話
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頬を緩ませるような、強くも柔らかい風が若芽色の髪を揺らす。イリーナは乱れ遊ぶ横髪を耳にかけながら、その風をいち早く肌で感じていた。
「良い風……」
暗黒の魔法使いが消え去り、平穏の戻った世界にすみずみまで安寧を告げる風。草木たちが目覚め、応えるような暖かな歓喜も含んでいる。もしかするともう訪れなかったかもしれない、強大な冬の終わりを告げる春の息吹きだ。
「イリーナーーー!」
はつらつとした高い声が彼女の後ろから響く。振り向いた途端、赤い三角フードの今まさに飛び込んでくる様が、イリーナの目に映った。
えっ、と思う間もなく胸にぶつかり、共に倒れ込む。
「あいたたた……」
下が柔らかくて助かった。すぐにイリーナは上体を起こす。すると目が合うのは、へらへらとこれでもかと頬を緩ませるオズの顔だった。
「あなたねぇ……」
「えへへ……つい……」
喜色満面を絵に描いたその顔に、イリーナは怒る気も失せて勝手に諦める。気持ちは、わからなくもなかったからだ。
「イリーナずっと立って何してたの?」
「風を感じてたのよ」
「風?」
首を傾げる彼女へ教えるかのように、一際強い風が彼女のもみあげを揺らす。
「そう、風」
「言われてみれば、確かに良い風だけど……」
いまいち分かっていなさそうな彼女に、ふふっ、とイリーナは微笑んだ。
「風の精霊たちが喜びのあまり春めいているのよ。この調子だと、きっと数日の内に色んなところの花が一斉に咲くわね」
「花が、一斉に……?」
オズの大きな瞳が、更に大きく見開く。
「それ凄い! いいなぁ楽しみ……!」
「まぁ、楽しんでる余裕があるかはわからないけどね」
「え、なんで?」
きょとんと、オズはまたも首を傾げた。イリーナは肩をすくませながら、倒された憂さ晴らしを兼ねて、少し意地悪な顔つきでオズを脅かす。
「世界中が大変な事になってたんだもの、きっと暫くはまだ大忙しよ」
するときらきらと目を輝かせていたオズは一転、「えー!?」と悲痛な声を上げた。よほどショックだったのか、ガーンと効果音が付きそうな程落ち込んだその顔には、うっすら涙が滲んでいる。
そんな彼女に、イリーナは追い討ちをかけるようにようやく苦言を口にする。
「ところで、いつ私の上から退いてくれるの?」
「え? あ、ごめんごめん……!」
オズは謝りながら、イリーナの上から飛び退く。イリーナはまったく……と立ち上がってお尻の汚れを払った。
どうっ……と風が吹く。枯れ草を巻き込み、皆の歓声を大気に織り混ぜていく。こんなに心が浮き足立つ春はこの先きっと無い、無い方が良い。ウィンドシューター、イリーナは、瞼を閉じて微笑んだ。
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